あの頃、ビアハウス:無情の夢
あきらめましょうと 別れてみたが
なんで忘りょう 忘らりょか
命をかけた恋じゃもの~
アサヒの常連多しと言えども、続けて2曲、歌わせてもらえるのはこの方だけです。しかも、ビアハウスのその日最後の第3ステージ、つまり「トリ」です。歌謡曲はお断りのアサヒで、この方の存在は大きかった。
歯医者の沢田先生。毎晩毎晩おいででした。身長154cmのわたしよりお小さかったです。入り口近くのテーブルにいつもひとり静かに座って、ビールをすすっていらっしゃる。
あまりおしゃべりしませんが、こと歌になると、ときどきこっぴどく意見されました。
先輩歌姫の宝木嬢が名前を呼んで指定する必要がないくらい、ヨシさんの弾くアコーディオンのイントロが鳴ると、まるで最初から全て打ち合わせができているかのように、座っていた席から急がずゆっくりとステージに向かって歩んで行きます。
そして、タイミングよくステージにあがり、
「あーきぃいらぁめぇまぁしょおと~」が始まるのです。
このタイミングの良さは、長年の経験で常連歌い手と息を合わせることにかけては、抜群の腕を持っているアコーディオンのヨシさんの人知れぬ配慮でしょう。
沢田先生はこの歌を一番しか歌いません。続いてすぐ、「コロッケの唄」が続けられるのです。
嫁をもらって うれしかったら
いつも出てくるおかずは コロッケコロッケ
今日もコロッケ 明日もコロッケ~~
「明日もコロッケ~」の後に、ここで文字では表現不可能な愉快な笑いが入るのですが、沢田先生、これが実にうまい!もうこれだけで、先生、お客さんをしっかり掴み大拍手を受けます。
沢田先生の歌い方は堂にいったもので、もしかしたらお若いとき歌手の道を目指したことがあるのかな?と何度か思ったものですが、とうとう最後までそのようなことは聞かずじまいで、ポルトガルに来てしまいました。
アサヒビアハウスが改装され、その後一度もお名前は耳に入って来たことがありません。あの頃ですでにお歳でしたから、あるいは?と思ったりします。
今日もコロッケ、明日もコロッケ。日本のコロッケがいかに繊細にできていて美味しい食べものであるか、この唄を思い出すにつけ、異国のポルトガルに住んでつくづく思ったものです。
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