あの頃、ビアハウス:グッドチーフ・バッドチーフ(2)

前話: あの頃、ビアハウス:グッドチーフ・バッドチーフ(1)
次話: あの頃、ビアハウス:めんない千鳥

「ほな、トクさん、お先に例んとこ行ってますわ。」

一日の勤務が終わって、帰り支度を終えた若い営業マンのザワちゃんが、オフィスのドアを開けながら最後に残っていたバッドチーフに言った!

帰り仕度が終わってデスクを離れかけていたわたしは、「ああ!!ザちゃん・・・」と思ったが後の祭り。

 わたしがステージに立つその日は、オフィスの所長とバッドチーフを除いて、皆で申し合わせ、ビアハウスで落合うことになっていたのである。

「例んとこて、どこや?」とバッドチーフがザワちゃんに問う。 
「ゆうこちゃんが歌ってるとこですがな」

もう、まな板の上の鯉である。わたしは二の句もつけず固まりました。ザワちゃんに口止めするのを誰もが忘れていたのだ。これでバレてしまった。わたしが歌姫のバイトをしていることが、である。

  
      グッドチーフとオフィスの仲間たち

当然のことながら、その夜はグッド、バッド、両チーフがビアハウスにお目見えし、盛り上がったのはいいが、わたしは覚悟しなければならなかった。

原則としてはどこの会社もバイトは禁止である。バッドチーフの口から、バイト歌姫の噂が本社に入る前に、わたしは何か行動を起こさなければならない。

その数年前、ケンブリッジ語学留学のために、社員としてはおそらく初めて、一ヶ月の休暇をわたしが会社に申し出たときに、力添えしてくれた本社の専務に事情を話した。

「会社の給料だけでは、自活しているわたしに、アメリカ留学の資金はとても貯まりません。アメリカ留学がわたしの夢なのです。」本当を言えば、留学ではなくて「移住」なのであったが。

それからしばらくして、ある日の夕方、ビアハウスでマイクを持って歌っていると、東京本社からその日、出張で来ていたボスの姿を客席の隅で見かけた。逃げも隠れもできない。もう迷うことはないと、観念してわたしはステージが終わるなり、ボスの席まで挨拶に出向いたのは言うまでもない。
 
以来、オフィスの同僚たちはもちろんのこと、時には大阪へ出張してきた本社からの上司たちの顔が、ホール内で時々見えるようになったのである。

本社からは何の沙汰もなかった。思うに、あの楽しき愉快なビアハウスの雰囲気が彼らをも魅了し、ここならいいか、と、わたしをこっそり見逃してくれることになったのではないかと、ずっと勝手に思っている。

わたしのアメリカ行きはこの数年後になるのだが、この事件の発端となったおっとり者の「ザワちゃん」は、後にわたしと夫の婚姻届の際、証人となり、そして彼とは奇遇なことにアメリカで再び遭遇することになるのだが。



続きのストーリーはこちら!

あの頃、ビアハウス:めんない千鳥

著者のSodebayashi Costa Santos Yukoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。