あの頃、ビアハウス:Stein Songとムカデ行進

前編: あの頃、ビアハウス:すみれの花さく頃
後編: あの頃、ビアハウス:A.D.

Stein song、乾の歌である。


        

  ♪さかずきを持て さぁ 卓をたたけ                             
   立ち上がれ 飲めや 歌えやもろびと
   祝いの杯 さぁ なつかしい
   むかしのなじみ 心のさかずきを
   
   飲めや歌え 若き春の日のために
   飲めや歌え みそなわす神のために
   飲めや歌え 我が命のために
   飲めや歌え 愛のために! ヘイ!

誠に楽しきビール飲み、酒飲みの歌である。この歌こそは、往年のアサヒビアハウス梅田をそのまま表す歌とも言えよう。飲むごとに人は楽しみ、飲むごとに歌を楽しみ、隣席の人の肩たたき合い、テーブルをたたいて興、盛り上がる。なかにはテーブルの上に乗ってうかれてしまう者もいるが、無礼講でお構いなし。

この「Stein Song」は、盛り上がるとムカデ行進へと続く。ステージのヨシさんのアコーディオン、宝木嬢の愉快なビアソングにあわせて、先頭に立つのはわたし、もしくは朝○放送のコジマ氏である。

タンバリンか角笛を吹きながら、座って飲んでいる客たちを手招きしたり、肩叩きしたりして、この列に誘い込むのは先頭の役目だ。最高潮時には全員がムカデ行進に加わり店内の席を取り囲むようにして長蛇の列の輪ができる。気がつくと誰一人として席に座っている客がいなくなるほどだった。

   

写真は、歌姫バイト・オフの日にビアハウスに遊びに行ったときのムカデ行進。
後ろが同僚の我が親友。その後には当時のAB社のおエラいさん、故高松氏、そして常連の杉やんと続く。ムカデ行進の音楽は「ビア樽ポルカ(ロザムンデ・ポルカとも言う)」を中心に数曲続く。

この最高潮の夜にわたしは初めてオフィスの同僚たちとここに入ったのであった。見知らぬ客同士がビールと音楽を通じてひとつになるわずか数分の一体感であるが、これは本当に楽しかった。

このような雰囲気には、そうそう度々なるものではない。そして、このムカデ行進の時に、たまたまこのビアハウスに足を踏み入れていたとすると、その人はこの愉快な雰囲気に当てられ、アサヒの常連になること、請け合いである。この熱にやられてしまうのだ。

上述の朝○放送のコジマ氏は、取引先が職場へ電話すると、
 「コジマさんはここにおりまへん。何頃やったらおるか?わかりまへん。けど、どうしても連絡つけたかったら、夕方、梅新のアサヒビアハウスへ行っておくんなはれ。あそこやったら絶対おりますさかいに。」と、言われるくらいの毎日常連の一人である。

もちろん持ち歌はある。カンツォーネ「オ・ソレ・ミオ」だ。歌うときは必ずビアジョッキを手にする。これでもかと思われるくらいに口を大きく開けて歌うので、歌姫宝木嬢は「扁桃腺が見えるくらい!」と、よく言っていた。
       
 ビアハウスには欠かせない、個性強い一人であった。

続きのストーリーはこちら!

あの頃、ビアハウス:A.D.

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