双極性2型障害者ですが、両親を介護しているうちに気付いたら、30年以上悩んでいたパニック発作を克服してました・5

思い癖を変えてみよう



私は心理学の専門家でも、怪しい宗教の教祖でもありませんが、このごろいろんなことに気付きつつあります。よくお邪魔するブログとか掲示板とか、そういう場所で気付くことが多いです。


それは「思い癖というのはなかなか厄介なものだ」ということですね。




人間は普通に生きていても、本意じゃなくても失敗をします。仕事の失敗かもしれないし、人間関係の失敗かもしれません。


わかりやすいからつい例に挙げますが、パニック発作もそうですね。「前に発作が起きてしまった」という痛い経験が潜在意識の中残っています。その発作の経験が数を重ねるほどに深く、それが刻まれていきます。その前の不安や恐怖を潜在意識の中から引っ張りだしてしまって、また似たようなシチュエーションだから、きっと発作が起きるだろう、という「予期不安」に繋がります。で、予期不安はまた起きてもいない発作を的確に思い出して起こしてくれるんですよね…。


「また起きたらどうしよう?」という不安が皮肉にも逆に発作を呼び起こしてしまうんですね。


就職とか、試験とか、結婚なども同じだと思います。「前に失敗したから、もしかしたらまた失敗してしまうかもしれない」と思ってしまう。そうすると潜在意識の底から前と同じ過程を無意識に辿ってしまうことが多いんです。


だから二度あることは三度ある、になってしまう。





つい先日もそういう人を見かけました。某掲示板で。心配していたんですけど、案の定、その人はまた同じようなところでつまづいてしまったようです。実は私はそれも予測出来ていたんですが、どこまで口を出せばいいのかわからなくて、自分が多忙だったこともあって、その人に注意を促すことが出来ませんでした。


もっとも注意しても、相手に受け入れるタイミングが合わなければ素通りする可能性も大きいのですが…。



だからね、本当に自分の未来を好転させたいと望むなら、潜在意識をしっかりと見つめて、そのマイナス要素を認めて、それが自分にどういうふうに役立ったかを見つけて、だから経験してよかった。と思えるようになってから手放す必要があるのだと思います。


外見的にはマイナスの要素としか思えないようなことでも、じっくりと痛みをこらえて見つめ返してみたら、「ああ、ああいう苦い経験をしたおかげで、自分は人の優しさと暖かさの価値を知った」とか「こういう病気や障害で痛い思いや辛いことも一杯経験してきたけれど、そのおかげで弱さの中にある強さに気付けた」とか「人間関係で辛いことがあったけど、そのおかげでなんでも相談出来る人に出会えた」とか、そういうささやかでもいいからプラスになったことって確実に存在するはずなんです。


それを見つけて「そうか、あの経験のおかげで気付くことが出来た」その痛みを体験してよかった、と思えるようになるといいのですね。



潜在意識の中の経験がプラスに書き換えられています。そうすると同じ体験をすることを恐れなくなります。不思議なことに恐れなくなるとそれを呼び寄せることもなくなります。その課題はクリア出来た、と魂が納得するのか、気持ちが納得するのかはわかりませんが…。



私自身はパニック障害を乗り越えることで、こういう大きなことに気付いたので、あの病気はそのためにあったんだ、と今は感謝しています。まあ、パニック障害に限らず、病気というのは大抵はこういう側面を持っていると思いますが…。肉体が健康でも心因性で病むこともあるもんね。




とにかく、これは人生のあらゆる面で役立つんだと感じています。「大丈夫、上手くいく」というプラス暗示は伊達じゃないですね。


痛かった経験は「経験してよかった」と納得してクリアしよう。その後の人生はきっともっと楽になるはずだと思います。ささやかな幸せにも気付けるようになるしね。


「気付き」ってすごい大事だよ。


タイミング良く、この文章と出会って、少しでも未来が明るく見えてきますように…。1人でも多くの人の幸せを願っています。





介護させてくれた両親への感謝




「自己肯定感」という言葉があります。


要するに長所も短所も含めた自分自身をまるごと愛することが出来ることだそうです。自分をまるごと肯定出来ると、自信にもつながるし、自分のペースで果敢に挑戦出来るようになるとか。ありのままの自分をまるごと受け入れる事が出来るのが「自己受容」


これが低いと、何事にも自信が持てず、挑戦することにひどく臆病になってしまったりして、幸福感を感じることが少なくなるそうです。(でも大人になっても低くても嘆くことはない、とあちこちのサイトにありますから見てくださいね)


私もわりと最近知った概念だったりするんですが。




私自身、気がついた時にはすでに肯定感をしっかりと持っていました。


これは非常に身体が弱い子供であったにも関わらず、常に私を一度も否定したり非難することもなく、褒め続けて長所を伸ばしてくれた両親のおかげによるものだと思っていました。


なにがあってもこの世の中で最後まで自分の味方でいてくれる両親の存在はなにものにも換えがたくありがたいものでした。何事につけても挑戦すること、失敗しても「大丈夫」と言ってくれる存在がどれだけありがたいことか。


おかげで自己嫌悪で一杯の思春期も10代限りで自己嫌悪からも卒業しました。悩んでいる暇があるなら行動しようと思ったので。開き直りとも言います (^_^;)でも開き直りも上手く活用すると便利なんだよね。




ただ、高校生の時からずっと、30年以上悩まされていたパニック障害も、やはり父の介護がきっかけで改善から治癒に至りましたし、これも懸命に行動していた私に、両親がくれた贈り物だと思っています。この先の人生もひとりでしっかりと生きていけるように。


守られる側から守る側に…。この意識変革は大きいですね。


どんなに多くの家族に恵まれていても、この世での生を終えて旅立つ時はなにも持たず、ただ一人の旅立ちです。とことんまで見送ることは出来ますが、最後はやっぱり一人だけで逝かないといけません。


この事実が今現在生きていることに対しての認識も新たに換えてくれました。旅立つ側から振り返ると人生でなにが大切か、なにを求めて生きるのか、そういうことがとてもよく見えてきます。




私は父の死を追体験することによって、深く死のそばに寄り添いました。何者にも換え難い体験でした。


母があとどれくらい、頑張って生きていてくれるかわかりませんが、やはり父の時と同様にやり残した後悔はしたくないと思います。


まあ、介護は本当に大変ではありますが、それも含めて両親には感謝しかありません。この両親の元に生まれたことが第一で最大の私の幸福だと思っております。幸せですね、私 (^_^)




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