双極性2型障害者ですが、両親を介護しているうちに気付いたら、30年以上悩んでいたパニック発作を克服してました・6

病気は人生全体を考えるチャンス



それにしても私もパニック障害で、一人でバスにも電車にも乗れない時期が相当長かったんですよ。うん…。本当に30年近く。


それが今では平気です。…っていうか、そもそも自分の身体の状態なんて気にしていませんですね。他のことばかり考えているので、自分の身体に神経が向かないというか、そういう感じ。


さらに去年の夏、母が入院した時は私自身がダウンしていて、辛いけど動かないといけない時に、「なにかあっても病院だからなんとかなるわ」と開き直ったのもよかったみたいです (^_^;) こういう開き直りを積み重ねていくうちに自信になっていくんだな。これも一種の認知行動療法ですね。





私の自己肯定感の中には子供の頃の弱さとか、高校時代の病気でのつまづきとか、そういうのももちろん、現在の双極性2型障害も含まれています。

でも私にとっての病気はマイナス要素ではないんですよね。いずれも貴重な経験を重ねて得たものが多いから、むしろプラスですね。


それはいまだに不自由は多々ありますが、出来ないことが多くあっても、それを補って余りあるものが残っているので、その「出来ること」を大切にしようという優先順位が働きます。こういうことに気付けるのもありがたいと思います。





幼くして病気を経験した子供は精神的に大人になるのが早い傾向がありますが、結構「死ぬこと」を意識して人生全体を見つめることってすごく大きなことだと思います。世間一般の価値観も競争も意味がなくなるから。本当に大切なものがわかるから。


自分の価値観で見ると、たとえば人を見ていてもその人の人格とか、魂の崇高さと、それらに基づく行動などが尊敬に値すべきものであることもよくわかるので、地位とか名誉とか学歴とかそういうものはほとんど意味がなくなりますね。基本の部分はみなさん同じ重さ。そこからその人の人間性とか魅力とかが加味されてきます。


私が見ているのはそういう世界です。私自身にもコンプレックスはありません。


すべての人はその人らしく、無理なく出来る範囲で心を尽くしてくださればそれでベストなんだと思います。で、多分私もそういうふうに懸命に生きている人を見つけるのが得意なんじゃないかと思います。


こういうふうに見る目を磨いてくるのに、病気というのは経験として非常に役立った(現在も役立っている)と思うので、実は私は自分の病気にも感謝しているのです (^_^)





課題をクリアしていくことの意義



このごろなんとなく思うこと…。心身の病気というのはいろいろなタイミングで人生のいろいろなところに現れますが、まあ、原因がなんであれ、(ストレスとか、疲労か、細菌感染とか、不摂生とかもろもろね)そのタイミングで「自分自身のことを見つめなおせ」と言われているような気がするんですよね。あくまでも個人的な感覚ですが…。


昔の人は(父もそうですが)青春期によく結核なんかになりましたよね。それをきっかけに生と死について考えざるを得なくなって、治癒後に進路変更をしたりした人も結構いるんじゃないかと思います。




私も10代後半に数年かかる療養を余儀なくされたので、普通だったら、そこで挫折しているわけですよね。ちょうど受験にぶつかる時期ですし…。まあ、私の場合は出席日数の関係で、高校行くだけでもギリギリでしたから、特に専門的にやりたい勉強があるわけでなし、また家の経済的な事情もあって、美術系大学とは一層無理だし、まあ、そういうことを諦めてぽっかりと空白の時期の中に放り込まれた次第です(ーー;)


でもその期間に学校時代には見つけることができなかった趣味のあう友人や親友を見つけられたことや、やりたい道が見えたこと、洋裁の技術が身についたこと、なによりもそれまではしばしば陥っていた自己嫌悪との縁が切れたことが大きいです。


自分を嫌いだったのに好きになれた。それも大好きなお絵かきを通して…ですからね。これがずっと後々まで、今現在にも至るまでの私の大きな強い芯になっていることを思えば、進学するよりも得られたものが大きいと思うのです。もちろん進学していたら、それなりに違うものも得られたかもしれませんが、私はこれで良かったな、と思います(^^)




まあ、パニック障害は高校生の時からだし、同じ時期の体調不良やストレスに起因してますが、これも家族の介護と看護のことが焦点で、いつのまにか改善していたというのが大きいですね。このことについては「自分のことよりもまず身近な人たちのために親身になることの重要性」を教えられたと思っています。


で、それが理解できたから、もうパニック障害は必要ないということで、自然と改善されたのかもしれません。意志的に治そうとして躍起になったわけではなくて、いつのまにか気がついたら…ですしね。


これも課題をクリアしてもう必要がなくなった結果だとも思えるな、と感じています。





母の介護が必要になったな、と覚悟を決めたら、母の病室で瞬間的に五十肩の痛みが消失して、上げることもできなかった左腕が動くようになったこととか、健康に気をつけたり、何も特別なことをしていないのに、(痩せてもいない、というか痩せられない( ; ; ))血液検査の数値が改善していって、さらに今度は血圧の薬ももう必要ないというので飲まなくてもよくなりました、というのも不思議なんですが、もしかしたらそれらのことも私の中で課題がクリアしていって「もう必要ないから」として脳と身体がバランスを取ってくれたおかげかもしれませんし…(^_^;)


医学的根拠もなにもありませんが、私個人には「バランスを取る」というのが心身の大きな課題だという自覚がありますので、多分、脳の働きと身体的な不調は両方を治していかないといけないんだと思っています。


脳というか、精神というか、心というか、そういうもののあり方はすごく微妙な感じがするんですが…。でも肉体に関しては脳のコントロールセンターが与える指令は大きいと思いますから、全体のバランスってすごく大事だと思う。




私はまだ脳の混乱があるから、身体的な疲労感が強い症状としてあるけれど、脳がもっと落ち着いたら、そういう身体症状もましになるのかな??という気はします。結局、心と身体はどこまでも切り離せないものですね。


で、どちらかの調子が悪くて病気になったら、実はその時が全体のバランスとか生き方とか価値観とかを根本的に見直すチャンスではないかと思います。


うん。病気はやっぱりマイナス要素ではありませんね。きちんとした治療をしながら、人生全体を見つめるとてもいい機会です。ここでしっかりと見つめ直すことができれば、いざ死ぬ時になってから「もっとああすればよかった」という後悔を残さずにすむようになると思います(^_^;)






あと1回で区切りがつきます。おつきあいくださった方々、どうもありがとうございます。

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