私は落ちこぼれでした

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「幼少期の体験」


海と山の自然溢れる小さな町で育ち、周りは皆幼馴染で、毎日野山を駆け回り泥だけになりながら自然の中で遊んでいました

友達を特に大切にして、仲間はずれなど絶対にしない。そんなポリシーを持ち、強い団結力を持った友達に囲まれて育ちました。

それからほどなくして、東京に引っ越しをするのですが、私はここで今までの生活とは真逆の「いじめ」を体験しました。

学校に行けば「無視」され「リンチ」を受ける日々

このことを先生に相談しても「いじめられる方が悪い」ということを言われ「登校拒否」にまでなりました。

この登校拒否の間に、自分自信を見つめながら、「人の精神」「人の心理」というものに大きく興味をもち、小学生ながら、本を読むことに没頭したのを今でも覚えています。

ほどなくして、心理学を学ぶ中で、「自分には成功体験」があることに気がつきました。

そこで、学校に行くようになり、しっかりと一人一人と向き合って行くうちに、どんどんといじめていた連中も、仲の良い友達になっていきました。

この時に私が立ち直れたのは「自分と対話」して「一つの成功体験」があったことを、知ることができたからに他なりません。


「常に夢を持って生きてきた」


私は幼少期の頃から「夢」がありました。

「夢」があったからこそ、人生をより本気で駆け抜け、

毎日を完全燃焼するように生きてこれました。

幼稚園の頃は「どこにでも行けて、日常生活を体験できるゲームを作りたい」これが私の夢でした。

小学校の頃になると「海外で生活をしたい」というのが私の夢でした

中学の頃は「プロレスラー」になること

高校生になると「プロのバンドマン」にというのが私の夢でした。

この変遷を見る限り、一貫性なく変化をしています。

数年が経過し、2009年26歳の頃「夢」を叶えました。


「夢を叶える」


それは「フィリピン」と出会い、日本初となる

「こども専門のオンライン英会話」を友人と創業をしました。

この創業時、私は一切の英語も喋れない中、フィリピンに知り合いもいない中に山間部や離島、長期療養病棟の子供達が「英語を学べる」環境を作りたい。

この一心でがむしゃらに突撃をしてきました。

もちろん最初からうまくいくわけはありませんでした。

なんせ「英語」が喋れないのですから….

この苦境の中で、諦めずに想いを持って行動する中で、

滞在期間28日間という限られた中、なんとか事業の形を作ることができました。

それから、数年の間に「日本初のこども専門オンライン英会話」は徐々に世の中に認められ、業界でも最大手のサービスとして成長をしていきました。

日本全国で数万人のお子様が英語に触れるきっかけを創出することができたのです。

2013年に同社の代表を辞任し、次はオンラインではなく「フィリピンという環境」を最大限に活用した「留学」学校を作りたいと思い、2014年にこのドゥマゲテに出会い学校を設立しました。

「1000人」という数字


みなさんこの数字が何を表しているか、わかりますか?

私はこの数字を見たときに、愕然として学校を設立することを即決しました。

みんなの読んで良かった!