歌手になる夢ができたから、3年前20歳で死ぬのをやめ他人の話。

1 / 2 ページ

後編: 歌手になる夢ができたから、3年前20歳で死ぬのをやめた人の話part2


結論から述べますと、もうすぐ歌手デビュー出来ます。

「デビューさせて頂く。」の方が正しいけどね。

歌手になりたいという夢を捨てきれなかったです。


高校卒業してからのマイライフを振り返ってみます。


「死にたい理由は人それぞれ。」


卒業してすぐに、「20歳で死のう。」と決意してメモ帳に書いたのを覚えています。そして、携帯を新しくして、電話帳のメモリ家族以外消しました。



ちなみに卒業後は、建築系の専門学校に進学が決まっていました。親の援助は全く期待していないので、キャバクラで働こうとして面接にも行ったけどその場で落ちました。その後、「奨学金が借りれない。」と父に言われ、進学を辞退しました。



その年の4月、3週間ほどニートになり、GW前に派遣社員として地元の工場で働き始めました。


「3カ月でやめて、他で正社員になる!」

辞める前提で働いていたので、誰とも親しくする気もなく、挨拶すらまともにしていませんでした。


自動車免許を持っていなかったので姉にお金を借りて、自動車学校に仕事終わりに通ってました。お金はその年中に返せました。ちなみにマニュアルです。



その頃の夢は「100万貯金」することでした。平日は主に2時間残業、たまに3時間残業。引かれるものが少なくて、手取りが20万近くありました。母にも3万円〜5万円渡しても残るお金の使い道は携帯代くらいでした。

土日の休みは、お昼近くまで寝てダラダラと。


そして、高校生の時に受験して落ちた、「漢検準2級と商業簿記3級」、受かりたいと思い勉強してました。漢検は3回ほど受けて、1回は受験票紛失し後の2回は勉強不足で落ちました。簿記も、日商簿記を受けて、1回目は勉強不足で落ちました。19歳の冬に再度受験して何とか受かりました。


そうやって、過ごしていたら「100万円貯金」できました!





しかし、せっかく貯めた100万円もあっという間になくなりました。

それは、確か父の所得税の返済に80万円渡したからです。母に頼まれて、母から渡してもらいました。嫌だったけど、なぜか次の日銀行でお金下ろしてました。高校生の時の送り迎えのガソリン代を渡したということにしました。

感謝の言葉は何一つありませんでした。



一桁数字の減った通帳を眺め、私の1年間は何だったんだと。しかし、渡したお金が返ってくることがないのは期待していないし、分かっていたのでなんだか虚しかったです。



その頃から楽してお金を稼ぎたくなり、父の借金も返済したいなと思い始め芸能界に興味を持ち始めました。これが始まりです。結局お金なんです。


みんなの読んで良かった!