元心臓病のホームレス少年が カリブ海に住むようになった3つの理由

1 / 85 ページ

第1話 渡米までの道のり


1982年 4月 25日
少年が生まれたのは 長野県の片田舎 人口2000人程度の過疎化が進む農村だった
保母の母 サラリーマンの父の間に生まれた平凡な家庭の長男として
日本のチベットや陸の孤島とも揶揄される農村で少年は幼少期を過ごす


丸々と太っていてボンレスハムに似ていた事から ボンちゃんと呼ばれ 
愛情をたっぷり受けて育っていった


幼稚園では 大人になったらどんな人になりたい? という質問を受け
級友が ケーキ屋さんとか お花屋さん 等と答える中で一人


俺は弁護士になりたい と言い放って周囲の大人たちを驚かせたりもした



村の小学校に進学すると 早速辛辣ないじめの洗礼を受け


靴や筆箱が水槽に沈んでいたり クラスに戻ると机に落書きをされている事等は日常茶飯事だった



幼いながらも その状況を打破しなくてはいけないと思い
クラスの男子生徒を相手に 
犬にかまれて腕が包帯でぐるぐる巻きだった状態にも関わらず喧嘩を仕掛け 
ある程度シバキ上げる事に成功した少年を
翌日から虐める人は皆無になった



そんな少年の心を揺さぶり その後の人生を大きく変える切っ掛けとなった出来事は


湾岸戦争だった 


ペルシャ湾沿岸で スカッドミサイルが飛び交う中 必死にその状況をリポートする日本人リポーターの姿を見て


自分もいつかは海外に行きたい 危ない場所を見たい そして真実を伝えたい
自分もリポーターになりたい という気持ちが沸々と沸き上がり
次第にその気持ちを抑えきれなくなっていった


やがて情報を仕入れるという作業が楽しくてたまらなくなり
小学校では読書に勤しみ 図書館を3つも掛け持ちして 家族名義で本を借り
1か月でハードカバーを100冊読破するような少年となっていった


ファンになった海外の作家にファンレターを送り 返事が返ってきた時には 飛び上がって喜んだ


情報を仕入れていく中で リポーターの原稿には TV局のスポンサーによる意向が強く反映されてしまう事を知り 少年は愕然とする


自分の言葉で 誰にも脚色されずに メッセージを伝えたい
歪んだ真実を伝えるような大人にはなりたくない


そう思い始め 少年は自分の夢を リポーターから 
フリーランスの国際ジャーナリストになる事に変えた


フリーランスであれば 局や新聞社のカラーに染められることも無いだろうという理由だ



そしてなによりも 自由を連想させる フリーランスという言葉が気に入ってしまった



自分のメッセージを脚色されないように多くの他人に伝える方法は何か
熟考した結果導き出した答えは


英語を学ぶことだった


世界で一番使われている言語は英語
その言葉を駆使できるようになれば
自分の日本語が翻訳者によって歪曲されてしまうリスクも無くなるし

みんなの読んで良かった!