学生に戻って、また社会人に戻るまで。

前話: アメリカ大学院全額免除で留学、雇用で永住権取得。カリフォルニアで公務員。だめんずと結婚してかなりかわいそうな生活を送っている筋肉女子の話。
次話: OPT、H-1bそして雇用ベースの永住権まで

大学院学費全額免除プラスお給料がもらえるってよ。

うーん、怪しい団体なのかな、とは思いましたが、社会人として自分がかなりのポンコツで、なんとか方向変換しなければと悩んでいた私は、すぐに申し込みました。

書類審査に受かって、面接にも受かって、大学院へのアプリケーションを書くことに。

それもなんとかクリアして、派遣されることになりました。退職する時のうれしさ、安堵感と言ったら(笑)。退職の挨拶のとき、へらへらしちゃったもの。


1994年5月。フィラデルフィア近くの女子大での日本語教授法の研修がスタートです。これは、夏の間3ヶ月間、合宿のような形でほぼ毎日授業、そして宿題に追われます。East Carolina Universityの単位が6単位くらいもらえるような内容で、これはマジな研修でした。

そして、8月末にそれぞれの大学院に散らばっていきます。私は、フィラデルフィアから車で1時間くらいの大学院だったので、移動が楽だったな~。他の人たちは、飛行機で移動だったもん。

大学院では、カウンセリングを専攻しました。大学から車で30分くらいの公立高校で日本語を平日毎日教え、それと引き換えに大学院の授業料が免除、さらに毎月600ドルのお給料が入ってきます。家賃は田舎なので破格の300ドル(笑)、あとは食費です。1年目は車なし、徒歩でいける範囲内の生活を送っていました。日本語を教えに行く時だけ、大学の車を貸してもらえます。

当時はインターネットやメールがまだ存在しない時代。日本食にも飢えましたが、何よりも日本語の活字、読書ができなかったのがつらかった。一番近いヤオハン(今は亡きヤオハン・・・)が車で片道2時間半、みたいなところです。結局日本食の買出しは、バスで1時間で行けるフィラデルフィアの「ロッテスーパーマケシト」に限定されます。がんばって、ロッテスーパーマーケットって書きたかったのは分かるんだけどね・・・お店の看板には、堂々とロッテスーパーマケシト、と書いてありました。ビニール袋にもロッテスーパーマケシト。さすがに突っ込めませんでした(汗)。これがまた、帰宅してシールをはがすと、もうとっくの昔に賞味期限が切れていたりする(怒)。でも食べました。だって、他にオプションがないんだもん。そのうち、うどんくらいは自分で踏んで作るように。


要領の良い私は、学業は結構順調に進み、インターンシップも1年、近所の中学で行って、無事卒業しました。

さて。卒業したらどうするのか。結構行き当たりばったりの人生です。留学する時に特に何か野望を持っていた訳ではありません。

カウンセリングを専攻したものの、なんと、卒業直前で永住権がないため州のライセンスが取れないことが発覚します。教授は、しらばっくれて申し込んじゃいなよ、とそそのかしてくれましたが、でも、ばれてつかまっちゃうのは私じゃん!? アメリカってそんなことでも禁固刑10年とかになりそうじゃない?楽なほうに流れる私、危ない橋は渡らないのだ。というわけで、普通の就職活動を行うことにしました。

なぜか、日本に帰る、という選択肢は私の中にはなかった。ここでよく誤解されるのですが、彼氏がいたから、ではありませ~ん。でも、ここで日本に帰っておけばよかったのかも。当時、臨床心理士はできたばかりの資格で、基準がめちゃめちゃゆるかったのです。私でも、たぶんなれたんだ、と思う。でも、日本の通勤列車、痴漢、ストッキング、ハイヒール、新卒で勤めた自分のポンコツぶりなどでトラウマになっていた私は、まず、東海岸で仕事を探し始めます。

・・・でも、これがあんまりないんだ。

でも、運だけは良い私。応募した仕事の一つに、日本での出身校の先輩がいました。その人が「私のオフィスは実はもうすぐ閉鎖するけれど、こんなのがあったわよ」と送ってくれた求人の切り抜き(そう、新聞の切り抜きです。インターネットが出るか出ないかのぎりぎりの時代だったのです)を送ってくれました。易きに流れる私は、ふらふらと応募します。

すると、電話が。

ねぇねぇ、○○さんだよね。
(あれ?聞いたことある声だな)はい、そうです。
私、フィラデルフィア日本語学校で4年生を教えているFです。実は、本職は、この会社のフィラデルフィアオフィスのディレクターなんだ~。あのね、フィラデルフィアオフィスはもうほとんど決まってる人がいるんだけど、あさってワシントンDCまで来てくれることができるのであれば、社長の最終面接に回すよ、どう?
え~ぜひぜひお願いします!!


ひょうたんから駒?わらしべ長者?の傾向のある私、二つ返事でワシントンへ。一次面接をすっとばしてくれたのだから感謝です。

カナダ人の社長と二次面接、他の先輩カウンセラーたちとロールプレイ。

今思えば、リクルートスーツじゃなくて、結構変なロングスカートで面接に行っちゃったな・・・そんな変なやつでも採用してくれた会社の懐、深すぎ!

面接の結果、合格、でしたが、行き先はカリフォルニアかオレゴンだ、という。別にしがらみもなにもないし、どこでも良いです、と返事。

で、決まったのがカリフォルニアでした。

大学院の卒業式に出席して、なんと2日後にはペンシルバニアを後にして社会人に戻ることになります。

著者のNishiguchi Satokoさんに人生相談を申込む

続きのストーリーはこちら!

OPT、H-1bそして雇用ベースの永住権まで

著者のNishiguchi Satokoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。