トップセールスマンだったにも関わらず、ブラック企業に干され異動!毎日、往復4時間の満員電車での通勤を強いられる!サービス残業、減給、ボーナスカット、休日の強制出社。。サラリーマンとして10年間働いた会社に辞表を叩きつけて退社してからちょうど1年!俺が今、ブラック企業に1番言いたい事とは?

あるボーナスの時


当時、不動産売買の営業でバリバリ働いていた私は、仕事が効率が非常に良かった。


あまり仕事をしていない様にみえても、会社ではいつもトップクラスの業績を作っていた。


私は今季もトップセールス賞を獲得していたので、ボーナスを期待していたのだが

50万円位カットされていた。


正直、お金の為に働いていたので、内なる怒りが爆発しそうだった。


聞いてみたら、

本社
不景気だから給料体系を
変更したんだよ。
彦坂盛秀
え!?
いきなり!?
それ、最初っから言ってよ!!


なんとも理不尽な言い訳だと思った。


この時、給料だけが私のモチベーションだった私のやる気は、一気に消え失せた。



彦坂盛秀
所詮、会社なんてものは
自分の都合だけなんだなー



会社の為に無駄に時間と労力を使う事はもうしない


この時から、会社の為に無駄に時間と労力を使う事は絶対にしないと誓った。


それからの私は、相変わらず効率がいい仕事をしていた。


いかに時間を使わずに、トップの業績をとるかを考えていた。


なぜ、私が上司連中から僻まれる理由はよく分かっていた。


それは、不動産売買のチラシを撒かないからだ。


全部、外注に任せていた。


そして、私のセンス溢れる営業力に周りの平社員たちからはスター的存在で憧れる存在だったのだが、

そんな汗をかかない私の仕事のスタイルを、

センスのない本社や営業所長からは僻まれる存在だったという訳である。


実際、私の業績だけで何度も営業所を救ってきたにも関わらず

三流企業の資質というのは、所詮こんなものである。


毎日、営業所長と戦争の様な日々を過ごしていた。


目も次第に、死んだ魚の様な目になっていった事が自分でも分った。


元気が取り柄の私も、覇気がなくなっていった。。



それでも相変わらず、個人業績はいつもトップだった。


暗黙の了解で遅くまでタダ残業をしないといけない空気の中、

私はいつも出来るだけ早くに仕事をあがる様にしていた。


完全に痛い空気を感じながらも、何も感じてないフリをして

どの社員よりも早く帰宅していた。


そして、ある事に必死に取り組んだ。



ある人事異動の発表の日



本社
じゃあ、彦坂
明日から千葉に異動で!
彦坂盛秀
え!?
千葉!!?
横浜の自宅から
通勤2時間もあるよ。。
まじか。。


完全に会社から干された気分だった。


正直、新幹線で通勤した方がはやかったのだが

会社は交通費を出すはずもなく、毎日行きも帰りも満員電車での通勤を強いられた。


ストレスまみれの満員電車では当然座れるはずもなく、

スーツのオヤジと肩がぶつかるだけで殺伐とした雰囲気だった。


朝通勤するだけで、1日の8割以上の体力が奪われている感覚。


自宅に帰れば、次の日の仕事も早いので、速攻寝る日々。。


足はマメだらけになるし、こんな日々が、あと30年続くと思うとゾッとした。


正直、体力の限界だった。


俺の人生、
本当にこれでいいのか?

本当にこんな事をやる為に
生まれてきたのか?


そう考える様になった。


自分の人生を見直している時、facebookでこんな記事を発見した。



人生は30,000日


82歳まで生きるとして、人生は30,000日しかないのだ。


当時の私は60歳までしか生きないと思っていたので

残り10,000日しか残されていない事に気が付いた。


通勤時間や会社での時間などを差し引くと、


1日の自分の時間が
1時間しか残らない。
残りの10,000日を

1日1時間の為に生きるのか?


こう考えたら、本当にゾッとした。


そして、決意した。


彦坂盛秀
残りの人生は、自分の為に生きよう!




辞表を叩きつけたあの瞬間

そして10年間務めた会社に辞表を叩きつけに行った。


完全に干されていたので、本社に行くのも気まずかった。


私は辞表を叩きつけた。

本社
よく稼いでくれた!

上辺だけの労いの言葉だと感じた。


ただ、辞表を叩きつけた瞬間は、本当に爽快な気分だった。


10年間、ストレスが溜まり続けた心が一気に晴れた気分だった。


気分は最高で、何度も天高く右手の拳を突き上げ、


彦坂盛秀
これで自由だぁーーーーーーー!!!!!


と叫び続けた。



あれからちょうど1年


私は自分のビジネスを持って独立起業した訳だが、ビジネスは完全に軌道に乗っている。


収入も当時の給料も当時の4~6倍になっていた。


時間も24時間完全に自由だし、通勤時間も0。


人間関係のストレスも0。


周りの友人も、自分でビジネスをやっているリッチな起業家ばっかりになっていた。


寝たい時に寝て、起きたい時に起き、どこか出かける時は決まって平日の空いた時。


旅行も全部、シーズンを外して、行きたい時に行きたいだけ行けるライフスタイル。


何よりも、毎日平穏な心で生活が出来るの事が本当に最高だ!


今では、私と同じ様に『残りの人生を自由で豊かなもの』にして頂く為に、

個人でもビジネスを起こして豊かになって貰うコンサルタントとして活動出来ている。


このコンサルタントという仕事は、天職だと思っている。


好きな人がどんどん成長してくれる様を見れるから。


これからは、誰かが何かあった時に分け与えられる人材を育成していきたい。


そんな人材を、この日本にもっと増やす事が出きれば、

日本ももっといい国になるだろう。


ひと目を気にせずに、自分の思った事を素直に表現出来、

影響力を与えられる人材をもっともっと育てていきたい。


今では、俺を追い込んでくれたブラック企業に一言、言いたい。


ブラック企業よ、ありがとう!



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