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16/5/12

師語り②:電話応対の思い出

Image by Olia Gozha

最初の師に出会ったのは、新卒で会社に入って三ヶ月ほど経った頃だった。


その日はセクションの定例会議の日だったが、
当時私が所属していたそのセクションは遅刻が当たり前のようになっていて
(まあ、裁量労働制だったので一概に責めることはできないけど)、
開始時間の段階で、席に座っていたのは私ひとりだった。


社内をセクション長に案内されながらやってきた師は、
人が揃っていない段階で、早くも怪訝そうな顔をしていた。
恐らく、とんでもないところに来てしまったと思ったのだろう。
会議が終わり、挨拶をしても「ああ、そう」みたいな薄い反応だったことは、
今でも記憶に新しい。


そう。
師に初めて会ったとき、私が抱いた印象は、「この人絶対怖い人だ……」だった。


それから暫くして、急にセクション内のチーム編成が変わり、
この『怖い人』の下に行くことを知らされた。
新しいチームは師と、私と、いわゆるお局様的なベテランの先輩との三人編成。
師は当初の予想通り恐ろしい人で、
それまでいい加減な上司の下でぬるま湯に浸かりまくっていた私は、
この世の地獄に来てしまった、と本気で思っていた。


でも、そこで半年、一年間と過ごすにつれて、
師が私に厳しく接してきた理由がだんだんわかってきた。
有り体に言えば、師は、
駄目社会人ルートへどんどん進んでいた私を、
真っ当な社会人ルートへ戻そうとしてくれていたらしい。


師との印象的なエピソードは色々ありつつも、一番は電話応対だ。


当時の私は時間こそきちんと守るものの、
それ以外はからっきしの絵に描いたようなクソ新人だった。
もちろん、電話応対など全くしていなかったし、
そもそも電話応対そのものから逃げ続けていた。


師はそんな私を見て、その腐った性根を叩き直そうと思ったのだろう。
詳細は覚えていないが、
「俺とどっちが早く取れるか勝負だ。俺より遅く取ることは許さん」
という主旨の台詞を言い、驚くべきことに、その直後から本当に電話を取り始めたのだ。


今は笑い話で済むことでも、当時は必死で、
電話を取らなければ殺されると思った私は、嫌でも電話に出なければいけなくなった。


師は、電話に出るのが異常に速かった。
(だいたい半コールくらい)
実際、手加減してくれたことも多かったように思うが、
こうして電話取り勝負は何ヶ月か続き、無事私は電話に出ることができるようになった。


新入社員の季節がやってくると、
新人が電話に出ないといった話は枚挙に暇がないが、
実際にやって見せてくれる上司が果たしてどれだけいるだろうか。


師は私の逃げ場所をなくして、やる状況を作り出した。
それは、怒られたくないという気持ちと、
師がやっているのだから自分もやらなければいけないという気持ちで
成り立っていたのだと思う。


そして、実際にやってみて、初めて取引先の会社や人の名前を覚えることの大事さを知った。


「電話に出なさい」ということは簡単だ。
でも、実際出ることから逃げてきた人間からすると、何度注意されても、
逃げ場所が存在する限り人は逃げ続ける(=言い訳をして逃げる)んだと思うし、
そうすると、逃げ場所をなくす方が手っ取り早いんだよな、とも思う。


なので、私も部下ができたら同じことをしようと思っているし、
電話に出ない新人を持っている上司のみなさんは、
面倒臭がらずぜひこれをやってみてほしいな、と思う。

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