師語り①:はじめに

後編: 師語り②:電話応対の思い出

このストーリーは、
私のふたりの師匠の良さを、
数回に渡って世間様に自慢していくだけのアホくさい記事です。
「こういう人もいるんだな」と思っていただいたり、
「オレの師匠もすごいんだぜ!」と自慢していただければ嬉しいです。


普通の人生を生きてきて、
「自分には師匠がいます」という人は、どの程度いるのだろう?


社会人になって、学生時代の友達と話をしていると、
「ハマダは上司に恵まれてるよね」とよく言われる。
社会人生活も10年目になり、今まで遭遇してきた上司は12人。
私自身、上に恵まれてきたという思いはありつつ、
本当に「この人の下でよかった」と思ったのは、実際はたった3人だったりする。


野球でいえば、打率.250。ううむ、いいのか悪いのか、よくわからないな。


話を戻そう。
私には師匠が二人いる。ふたりとも、仕事でお世話になった上司だ。
ただ、私が心の中で勝手にそう思っているだけで、
伝統芸能の世界っぽい『契約』などもちろん結んでいないし、
そもそもふたりとも今は一緒に仕事をしていないので、
私のことをよく知らない人からすると、
「何言ってるんだろうこの人…」と思われることも多いように思う。


社会人として生きていれば、
当然気が合う上司もいるだろうし、合わない上司もいる。
意気投合して上司命で頑張る人もいるだろうし、
上司を蹴落として上に上がっていく人もいるだろう。


でも、たとえ前者の人でも、
師匠と思うほど敬愛し、畏怖する対象を持つ人は案外少ないんだろうな、と思う。
少なくとも、私の周りで“師匠語り”ができる人は、せいぜい2人だ。


以前、師匠とはどういう経緯で出来るものなのだろうと考えていたが、
狙って作るものじゃなくて、結果そうなるんだ、と最近気づいた。
ただ、条件はありそうだ。
師匠とする人を弟子が決め、師匠はそれを許すかどうかを決める。
(私はそう思っている)


今は、師匠探しそのものがマイナーなのかもしれない。

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師語り②:電話応対の思い出

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