パニック症候群とのお付き合い その2

1 / 2 ページ

前編: パニック症候群とのお付き合い その1
後編: パニック症候群とのお付合い その3

一時的な過労かと思っていたのが大間違い。それは突然襲って来た。

その頃、会社の従業員組合の趣向執行委員会書記長というNo2のポジションに組合員の互選で選ばれていた。上に組合委員長がいるのだが、総会の司会や最終判断を下すのが役割で、実際の会社側や組合員との交渉は大体書記長が担っていた。

所謂、専従という組合だけの仕事をする訳では無く、自分の仕事をしながら組合活動も行う事が労使協定で認められているということで、実態は「御用組合」であったが結構辛いものではあった。

話を複雑化する様に、その時の仕事は企画部企画課と言う所で、会社の予算や事業計画を作成する所。

正しく予算の編成責任者であった。

賃上げの労使交渉の席で、上司でもある企画部担当役員が、

「会社の状況を我々役員以上に知っている者もいる事だし、まあお手柔らかに頼むよ。」

と言うのには呆れて引きつった笑いをするしかなかった。

何を隠そう、居並ぶ役員連中の大部分が組合幹部の経験者。

時として組合の幹部にリアリスティックで無い要求を取下げるべきだと言っているのも、「会社」の仕事なのか、「組合」の仕事なのかごっちゃになっていることが多々あった。


そんなある日の事。それは会社のソファーで関係会社に移籍した役員さんと話をしていた時。

急に目の前を細い光の線が飛び始めた。

何とか異変に気づかれない様にと取り繕うが、段々と心臓の鼓動が早くなって来て息苦しきなって来た。暑くも無いのに脂汗が。

カクッ!と何かタガが外れた様な音が、した様な気がする。

「済みません。気分が悪くなったので失礼します。」と言って席を立とうとしたが力が入らない。

そしてまたあの感じ。何者かが身体の中で動き回っている様な違和感。


当時はまだ役員の移動用に運転手付きの社用車が数台あった。

その内の一台に乗せて貰い近くの大学病院へ。

「緊急外来」という窓口に行ったものの重篤な怪我や顕著な症状が出ている訳では無いと、通常の外来に回された。そこには信じられない様な数の患者さん。

待合室のビニール張りのソファーの上に打ち上げられた物体の様に横たわる事3時間以上。

午前中の診療が既に終わっている時間になって、やっと順番が来た。

「どうなさいないましたか?」

胸の音や脈拍、血圧などを図りながら医師は当たり前の事の様に尋ねた。

一月前ほどの救急車で運ばれた経緯や症状について話をすると医師は何事かをカルテに書き始めた。

書き終わって顔を上げた医師はこう切り出した。

「まあ、脈拍が早い事を除くと大丈夫だとは思うのですが、産業医の先生に念の為に見てもらってください。」


実は産業医はこの大学病院の助教授。

会社近くのクリニックに出張で週一回来ており健康診断の結果の相談などを受けていた。

このクリニックに来られる日に外来で訪問。

再び、今までの経緯を話し、聴診、血圧の測定を受ける。

「はい、分かりました。お薬をお出ししておきますから。」

「で、先生どうなんでしょうか?」

「強いて病名を言えば『自律神経失調症』でしょうか。

お薬を飲めば随分と楽になりますから。」

「何の薬なのですか?」恐る恐る聞いてみた。

「不安や緊張を和らげる薬です。」


確かに前回電車の中で倒れてから電車やバス、狭い所に入ると「また倒れるので無いかと」心配になり、長時間いることができなくなっていた。

「それって精神安定剤ってことですか?」

「まあその一種ですね。でも軽いやつですから心配は要りません。」

みんなの読んで良かった!