フェイスターン ②

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  その日、塾から帰る途中の夜道で、ほろ酔い加減のサラリーマン二人組に声をかけられた。
「ねえ、お嬢ちゃん。いまからおじさんたちとカラオケでも行かない?」
「行かない」とわたしは言った。気持ち悪い。こんなのは相手にしちゃいけない。
 でも彼らはしつこく食い下がってくる。
「そんなこと言わずにさ。一時間だけでいいから」
「行かないって言ってるじゃん。気持ち悪いな。どっか行ってよ」
 わたしはつい感情的になって声を荒げてしまう。これも鬼の血なのだろうか。関係ないと思うけど。
「なんだよ、その口のきき方は」
「最近の若いもんは礼儀っちゅうもんがないな。大人がちゃんと教えてやらないとな」
 二人がごちゃごちゃ言っているうちに、わたしはさっさと立ち去ろうとしたんだけど、片方の男がわたしの腕を掴んだ。
「おいおい、どこ行くんだよ」
「ちょっと。離してよ」
 わたしはなんとか振りほどこうとするけど力では勝てない。仕方ない。あれを使うことにしよう。
「ねえ、わかったからちょっと腕はなしてくれない? 見せたいものがあるの」と言ってわたしはニット帽に手をかけた。そして角が露出するところまで帽子をずらして男たちに見せてやる。
「どう? これでもカラオケに行きたい?」
 わたしがそう言うと男たちの顔色がすっと失せていくのがわかった。わたしはそれを見て溜め息をつく。そのときだった。
「おい、その手を離せ」という声がわたしの後ろから聞こえた。まだ声変わりも終わってないような高い声をひっくり返しながら、心なしか震えているような声だった。
 振り返ると、見知らぬわたしと同じぐらいの年恰好の少年が立っている。
「おい、行こうぜ」と一人の男が言うと、もう一人も頷いてわたしのことを汚いものでも見るような目で見ながら去って行った。
 少年は後ろから近付いてきて「大丈夫?」と言った。なんだかまだ声が震えている気がする。
「う、うん。ありがとう」。わたしは答えながら帽子を被りなおす。
「あいつら逃げやがって。せっかく俺の鬼神ラリアットをお見舞いしてやろうと思ったのに」が心から残念そうに言う。
「ラリアットって。何言ってんの」とわたしは吹き出してしまった。さっきまであんなに声が震えてたくせに。
「なに笑ってんだよ。俺が来なかったら鬼塚だって」
「ごめんごめん。っていうか何でわたしの名前知ってんの?」
「何でって同じクラスじゃん、俺たち」
「え? あれ、そうだっけ?」
「何だよひどいな。阿部だよ。阿部祐樹」
「うーん。ごめん」。正直まったく記憶にない。
 わたしはこのまま彼とここにいるのもばつが悪いので、「じゃあね、ありがと」と言ってその場を去ろうとした。
「あ、ちょっと待ってよ鬼塚」と阿部が言う。
「え?」
「送ってくよ。危ないから」
 なぜだろう。嫌な気持ちはしなかった。
  家までの帰り道で、彼は自分のことをいろいろと教えてくれた。
  実は一年のころから同じクラスだったこと。バスケ部に入っているけど補欠なので一度も試合に出たことがないこと。スラムダンクは一度も読んだことがないこと。プロレスが好きなこと。そしてサタン鬼塚のファンであること。
  その後も阿部はいろいろと話してくれたのだけど、わたしはほとんど覚えていない。ずっと彼の横顔を見ていたからだ。決して彼の顔がタイプとかそういうわけではない。
 この人はわたしのことを見ていてくれた。
  いつもニット帽を被って角と一緒に存在自体を隠そうとしていたわたしを、彼はちゃんと認識してくれていたことが、単純に嬉しかったのかもしれない。
  それ以来、わたしと阿部は学校で会話をするようになり、一緒に下校したりするようになった。お互いにもともと友達がほとんどいなかったから、すぐに距離は縮まった。
  いつしか、わたしは阿部に対する気持ちが最初とは別のものになっていることに気付いた。いつからかはわからないし、どこが好きなのかもわからない。
  彼が下校途中に話してくれるのはほとんどプロレスの話、しかもサタン鬼塚の話だった。
  それはわたしにとっては決して好ましい話ではなかったけど、その話をするときの阿部の顔はきらきらしていて、興味がなくてもずっと聞いていたかった。
「彼の一番の魅力はプロレス技をほとんど使わないところだ」と阿部は言う。
「何それ。全然だめじゃん」
「技が多いのがテクニックじゃないんだ。インサイドワークって言ってね。相手との間や一瞬のタイミングで的確な攻撃を仕掛ける。それはただのキックでも反則技でもいい。ほら、プロ野球でも変化球が多くても球威がなければ簡単に打たれちゃうだろ? あれと同じで……」
 お母さんと同じで語り出すと止まらないのは難点だけど、彼といる時間は概ね静かで穏やかな気持ちになれた。
  一人でいるときも阿部のことを考えると心が安らいだ。普通、このぐらいの年頃の女の子の恋愛っていうのはもっと胸が高鳴って「彼のことを考えると夜も眠れない」とかなるのが相場だろうが、わたしの場合は全く違っていた。
  それはわたしが鬼の娘だなんて明らかに普通じゃない要素を持っているからかもしれないし、阿部が全然かっこよくなくて、弱くて、虚勢ばっかり張って、オタクだからかもしれない。
  でもそんなことは関係ない。わたしは彼に恋をしていた。

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