フェイスターン ①

後編: フェイスターン ②
  家に帰ると、お母さんはいつものようにテレビでプロレスを見ている。
「またプロレス見てるの」
 わたしが声を掛けても振り向きもしない。いつものことだ。仕方がない。毎年一月は母がひいきにしている団体「帝国プロレス」最強を決めるリーグ戦が開催されているからだ。
 試合が終わるとお母さんは振り返って「ああ、みゆき。おかえり」とだけ言って、またテレビにかじりついた。
「そんなの見ててもどうせあの人は出てないんでしょ?」とわたしは言った。
「当たり前でしょ? あの人がこんなリーグ戦に出たって全試合反則負けとかになっちゃうんだから。それにお父さんのこと、あの人だなんて言い方やめなさい」。お母さんは振り向きもせずに言う。
「お母さんだって言ってるじゃない」
「わたしはもう離婚したからいいのよ」
「ねえ、ちょっとこっち向いて話してよ。だいたいプロレスなんて八百長なんでしょ? こんなリーグ戦意味ないじゃない」
 お母さんはようやく振り向いて言った。
「何度言えばわかるの? プロレスは八百長とは違うの。八百長っていうのはスポーツや格闘技なんかで誰かが利益を得るために仕組まれるのであって、プロレスのそれとは全く別物なの。たとえばサッカーの試合でトトの結果が……」
「もういいわよ。聞き飽きたよ、その話は」
 わたしはリビングを出て自分の部屋に入り、扉の鍵を閉めた。そしてかぶっていたニット帽を放り投げてベッドに突っ伏した。
 何がプロレスよ。何が父親よ。あんな人が父親なおかげで、わたしがどれだけ悩んでいるか、お母さんにはわかりっこない。
  父親がプロレスラーだってだけでも十五歳の思春期の女の子にとっては恥ずかしいのに、あの人は悪役で鬼の覆面なんか被ってて反則ばっかりして、「リングの鬼、サタン鬼塚」なんか呼ばれてるわりになんかちょっとおっちょこちょいな感じでいつも負けてる。
  わたしとしてはあの人が自分の父親だなんてできれば誰にも知られたくないし、認めたくもない。
  そんなことを言ってもわたしがあの人の娘であることは、逃れようのない現実なのだ。
  その証拠が頭の角。わたしの父親が覆面を被っているのは顔がパッとしないからでも、変身願望があるからでもない。
  彼は本物の鬼なのだ。
  その頭から生える二本の角を隠すために、彼は覆面を被って悪役をやってる。だから決して試合中に覆面を取られたりしてはいけない。そんなことするときっと会場中がパニックになって試合どころではなくなるだろう。
  そしてわたしの頭にも二本。控えめにちょこんと角が生えている。髪の毛をうまくセットすれば、なんとか隠せる程度のものだけど、念のためにわたしはいつも外に出るときにはニット帽を被っている。思春期の女の子の頭に角が生えてるなんて知れたら学校なんて行けたもんじゃないし、いじめられるにきまってる。やってることは父親とそんなに変わらないのだ。
  だからわたしには親しい友達なんか一人もいない。学校には病気だから帽子を取らないってことで了承を得ているけど、四六時中帽子を取らない子なんて、誰も心を開いてくれるはずがない。
  何であの人の子供に生まれたんだろう。何でこんな角が生えてるんだろう。何でわたしの父親は鬼なんだろう。ほんとに嫌になる。
  その日の夜ごはんのとき、しばらく無言だったお母さんが「ねえ、今度プロレス見に行かない?」と言った。
「行かない」
「何で? 昔はみゆきも好きだったじゃない」
「好きっていうかお母さんが無理やり連れて行ってただけじゃない」
「あんたも結構たのしんでたわよ。それに来月のタッグリーグ戦にはあんたのお父さんも出るのよ」
「あの人がリーグ戦に? でもどうせバイオレンス高野の相方でしょ。こき使われて最後は負けちゃうんだから。つまんないよ」
「そんなの見てみないとわかんないじゃない」
「わかるわよ。八百長なんだから」
 わたしがそう言うとお母さんは黙り込んでしまった。ちょっと言い過ぎたかなあとは思ったけど、今さら謝ることもできない。それが思春期というものだ。
  思春期といえば恋も付きものだけど、この角のせいで、わたしは生まれてこの方、恋というものをしたことがなかった。怖くてできなかったのだ。
  ただ、しないと決めていても突然訪れるのが恋というものらしい。

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フェイスターン ②

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