母がアルコール依存症だと気づいてから10日間地獄を見た話。最終話。

前話: 母がアルコール依存症だと気づいてから10日間地獄を見た話。9日目。

精神科の受診


今日も医師は大粒の汗をアゴから垂らしながら母の診察をしていた。

医師
とりあえず、落ち着いてますね。
医師
薬はこのまま続けて飲んでください。


昨日お酒をぺっと吐いたのを見て、良い兆しかもしれないと思い、

後は父に託して私は学校へ戻ることにした。

それからは毎日父と母に電話をして様子を尋ねた。


ちゃんと薬を飲んでいるか?

お酒は飲んでないか?


心配するなと言われ続け、そのうち電話をかける頻度も少なくなっていった。


苦しい夜


母が幻覚を見ては暴れる姿が私にとってショックが大きかった。

特にあの怯えた表情は頭に焼き付いて離れず、

それから何年たっても夢に出てきては悩まされ続けた。


一度目覚めると、あの日の記憶が蘇ってきては眠れない夜を過ごすこともあった。

夢まで勘弁してくれ…

とその都度母を疎ましく思った。



離婚、自己破産


数年後、父と母は離婚した。

借金が膨れ上がりすぎたのだ。


それから母は自己破産した。

家族はバラバラ方々へ散り、それぞれの生活を送ることになった。


もちろん旅館は跡形も無くなり、祖母はどこへ行ったのかもわからなくなった。

祖母がどこへ行こうが、私には興味もなかった。



それから15年が過ぎ…


結局母はお酒を飲み続けた。


そして独り、家で死んでいた。

脳出血だった。


部屋中に転がっていたお酒のビンは全て空っぽで、

中身は一滴も残っていなかった。


死亡の連絡を受けた時、一番初めに頭に浮かんだ言葉は

「やっと、くたばりやがった…」

だった。


私は地獄を見たあの日から、母とはうまくいかずにケンカばかりしていた。


最期に会った日もケンカ別れだった。


私は何もわかっていなかった

母が亡くなって数日が経ち、深い悲しみに襲われて初めて

私は”私の問題”に気づいたのだ。


地獄の記憶にとらわれ続けていたのはこの”私”で

回復していなかったのは”私”の方だった。


母はアルコール依存症という病気になったが、私はそこから何も学ぼうとせず

自分を変えようとすらしなかった。


悪いのはお酒を飲む母で、私は正しいと雄弁をふるっては恍惚感に浸っていたのだ。


怒り、恨み、被害者意識、憎しみ、殺意もあった。

ケンカをするたびにどうしてあんなことを言ったのかと後悔し自己嫌悪におちいる。

これの繰り返しだった。

ここまで恨むことなんかないのに、私は根に持ち続け

マイナス感情を手離すことをしなかった。


地獄から這い出ようと努力しなかったのは母ではなくこの私だったのだ。


母は悪魔でも極悪非道人でもない。

家が苦しいながらも私に教育を受けさせようと努力した優しい人だった。

私が幼い時、友達からからかわれて泣いて帰宅した時なんか守ってくれたこともあった。

良い母親だった。

私はそんなことも全て忘れてしまって

不利益しかない感情にとりつかれたまま、

自分の幸せな未来を選ぶ行動を起こしていなかった。


私が幸せでなければ周りの人も幸せにはなれない。


そんな基本的なことを

「今頃気づいたか、遅いよ」

と母がツッコミを入れているのが目に浮かぶ。



今まで暴言吐いてゴメンナサイ。

それからありがとう。

お母さんの娘で良かったよ。



これまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

森田望美

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