横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の三・のどかだった外野席】

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前編: 横浜大洋ホエールズとともに生きていく【其の二・あの人のホームランに魅せられる】
後編: 横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の四・さようならホエールズ&こんにちはベイスターズ】

横浜大洋ホエールズを応援すること。


人生において「積極的に何かを応援する」のは初めての経験だったはずです。


「正義が勝つ・強いものが勝つ」というストーリーのアニメーションや特撮でしか見ることのなかった勝負の世界。喜怒哀楽を感じることは少ない受身的なものです。


しかし、野球は違いました。応援して勝てば嬉しい。負ければ悔しい。とても単純なことですが大切なことでもあります。


もし、あの時巨人ファンになっていたらどうだったのだろう?そんなことをふと考えます。


V9時代とは違うとはいえ、優勝することが宿命といっても過言ではない常勝軍団。そんなチームを応援していたら弱者の気持ちを知ることはきっとできなかったのではないかと(大袈裟?)。


たまたま横浜大洋を応援することになった年は2位という順位でしたが、その後10年間、土井・関根・近藤貞・古葉という4人の監督の元でAクラスに入ったのは1度きり。


とにかく弱かった…


大勝ちするか大負けするか。そんなチームだったと記憶しています。


80年代のホエールズ。


エースは遠藤。欠端、金沢といった比較的地味な先発陣。抑えは斉藤明夫。新浦や木田勇の移籍ベテラン組にも支えられたり、若きリリーフエース中山裕章が登場してきたり…


野手では中軸に山下、田代、長崎、(※)高木嘉、中塚etcスーパーカートリオ(加藤・屋鋪・高木豊)の台頭。ポンセ&パチョレックという名助っ人などが印象深いです。


(※)高木好一、高木嘉一、高木由一。どの名前が印象深いかで世代も変わってくるのかもしれません。


私の小学生から高校生の頃がまさにこの80年台に当たるのですが、当時はほぼ外野席にしか行くことはありませんでした。


当初はまだトランペットによる応援もなく鳴り物といえばドラムというか太鼓というか打楽器のみ。


「ドーン・ド・ドン・ドン・ドン ソーレ!」


この掛け声は今もたまに復活しますが、あの頃はそれだけでしたから。



大洋坊やの被り物をした応援団。


一方でゴリラの被り物をした応援団。


ビクトロンの電子オルガン演奏。


本当にのどかでした。


みんなの読んで良かった!