横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の四・さようならホエールズ&こんにちはベイスターズ】

前編: 横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の三・のどかだった外野席】
後編: 横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の五・~永遠番長~三浦大輔】

長きに渡って親しまれたホエールズという球団名がベイスターズに生まれ変わったのが1993年。


前年のシーズン終了後に行われた選手グッズのオークションに参加していたことを覚えています。


予算が足りずに何も手に入れることはできませんでしたが。


ベイスターズ誕生のこの時期。ホエールズの歴史を飾った選手が毎年のように去って行きました。


 1993年 斉藤明夫

 1992年 遠藤一彦

 1991年 田代富雄

 1990年 加藤博一


明夫さんの引退試合は多分テレビ観戦。


遠藤さんの引退試合はチケットが買えず球場の外にいたはずです。

田代さんの引退試合はしっかり球場で見届けました。葛西から打った満塁ホームラン…忘れません。


博一さんの引退試合は間に合いませんでした。同じ日に村田兆治の引退試合があり、そちらを観戦後に急いで横浜へ移動したら、その年の最短時間試合でゲームが終了していたという…



そして1993年のシーズン後には大型戦力外通告


 屋鋪要⇒巨人へ

 高木豊⇒日本ハムへ

 大門和彦⇒阪神へ

 山崎賢一⇒ダイエーへ

 市川和正⇒引退

などなど…


この年に始まったFAにより駒田徳広を獲得するための金銭的な理由などと一部で揶揄された戦力外ではありましたが、とにもかくにもホエールズカラーがガラッと消えた年。


それが1993年だったのだろうと。


1993といえばclassの「夏の日の1993」を思い出します。


 ♪いきなり恋してしまったよ 夏の日の君に 


ベイスターズ元年から快進撃ならば、いきなりベイスターズファンになってしまう子供達も多かったことでしょうが、近藤昭仁政権では結果は出ませんでした。


ただ、数年後のあの瞬間を迎えるための下地が着々とできつつあったのも事実です。


 87年 野村弘(現・野村弘樹) 3位

    進藤達哉 外

 88年 谷繁元信 1位

    石井忠徳(現・石井琢朗) 外

 89年 佐々木主浩 1位

 90年 鈴木尚典 4位

 91年 斎藤隆 1位

    三浦大輔 6位

 92年 佐伯貴弘 2位

    五十嵐秀樹 3位

 93年 波留敏夫 2位


今思えばこれだけのメンバーがよく揃ったものだなと。


谷繁・佐々木・斎藤隆以外は全てドラフト2位以下。ましてや石井・進藤に至ってはドラフト外。


でも入団時のドラフト順位なんて関係ないんですね。プロでどれだけ伸びるのかは本人の努力といいコーチやスタッフに恵まれるか。そういうことなのでしょう。


さらには牛込さんのスカウトのおかげで、ベイスターズ誕生とともにローズを獲得していたことも大きかったですね。


ブラッグスの影に隠れており目立つ存在ではありませんでしたが、もしローズがいなかったらあの歓喜の瞬間は味わえなかったことでしょう。


強い球団を手前味噌で作り上げるには本当に時間がかかるものですね…


【1993年】横浜ベイスターズ元年は5位でフィニッシュ

57勝73敗0分 勝率.438 【順位】5位


野村弘樹が最多勝を獲得(17勝)。小桧山が新人王争いに名を連ねた年でもあります。

ローズの加入で高木豊がファーストへコンバートになっていたんですねぇ…

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横浜大洋ホエールズとともに生きていく 【其の五・~永遠番長~三浦大輔】

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