心友 【其の三・ヒエラルキー】
なんと、クロイワはセンバツで念願のレギュラーに選ばれた!
などとマンガのようなドラマチックな話がそうそう起きることもないわけで。学校がセンバツ出場を決めたところで奴のポジションは今までと全く変わらない。公式練習で甲子園のグラウンドに立った後はベンチに入るわけでもなくスタンドの応援席が定位置。他の大勢の野球部員とともに声を出し続けていた。
今はどのくらいの生徒が集まるのかは分からないが、当時の野球部は強豪だったこともあり軽く100名を越える部員がいた。そんな大人数の中でレギュラーになることは本当に大変なことだ。まして奴のポジションはキャッチャーなのだから枠は少ない。ベンチ入りするだけでもトップ2に入る必要がある。
小学生の頃から野球漬けで育ってきたであろう野球エリートの連中と比べられては、どうあがいたって敵うはずがない。だがそのことで不満を漏らしたり愚痴っていたという記憶はない。奴なりに一足早く社会のヒエラルキーを自身の肌身で理解していたからだろう。
こういったヒエラルキーは何も部員間だけに起こるわけではない。部員の親御さん達の間でも自然と発生するものらしい。それはクロイワの母親から直接聞かされた話だったと記憶している。
レギュラーメンバーの保護者達は補欠メンバーの保護者達が応援などに来ると「ねぎらいの言葉」をかけていたらしい。ねぎらいと表現すれば一見よい話にも聞こえてくるが、よくよく考えてみれば高校球児の母親という意味ではどちらも同じ立場だ。平等なはずだ。
だから、補欠の親御さんなのにわざわざレギュラーの子供達の応援に駆けつけてくれて「ご苦労様」というセリフを投げかけていると考えれば、こんなに嫌味な話はない。
出場辞退を招くような事件レベルの話は論外だが、毎年感動を生みだしてくれる高校野球にもこうした暗部というのはゴロゴロ転がっているものなのだ。
部室で「ファミコン」ができる(鍵をかければ授業中にも)という理由だけで電気部に籍だけおきながら、遅刻早退は日常茶飯事。暇さえあればビリヤード三昧の日々を送っていた帰宅部の自分にとって、こういうドロドロした世界はもはや異次元の話でしかない。
一見チャラそうに見えるクロイワだが、そんな世界で三年間しっかり耐えてきたというのは、よほど心が強いのかそれとも鈍感なだけだったのか。今では知る由もない。
高校卒業後の三人の進路。
トクシマは就職活動。クロイワと自分は大学受験という選択をした。高校進学の時とは異なる、大人に向かって自分の道を歩み始めていく三人。だがこの三人の進むべき道は、本人たちの予想もしなかった方向へと続いていたらしい。
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