恋心に駆られた女子高生が、大学医学部の解剖実験に乗りこみ、遺体に靴下を履かせた話。

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仕事も、恋も、何事も引き際が一番難しい。


早く引きすぎれば、逃げてしまったのではないか、もっとやれることがあったのではないかと、自分を責める。   


ズルズルと続けてしまった場合は、決断力、方向転換する勇気のない自分を恨む。


引き際において、100点満点の答えはない。後悔はつきものだと、最初から織り込んでおくべきだ。

   


いつか、油絵を描く画家に問いてみたい。

最後の一筆はどこで、どんな心境で、終わらせたのか。

もっとあの色を重ねてみよう、これを足してみようと絶え間なく筆を進めたその先に、どうやって終わりを見いだせたのだろう。


仕事だって、恋だって、続けることは意外と簡単だ。


「向いていないのではないか。愛されていないんじゃないか」という心の声に蓋をし、無難に1日をやり過ごせば良い。



お金、空虚感、孤独感。

止めることによって失われるものを数え上げて、心を脅せば良い。



我慢が足りない、もしかしたら好転するかもしれない、相手が変わるかもしれない。

一縷の望みに掛けて、自分の人生のドライバーズシートを明け渡せば良い。


時には、本当に踏ん張って続けた方が良い時もあるだろう。



続けるべきか、辞めるべきか。

その際の見極め方は、とてもシンプルだ。

「続ける自分。辞める自分。どちらが好きか?」と心に、問いてみればよい。


どちらの方が成功するとか、得なのか、正しいのか、皆からどう見られるかとか。

そんなことはどうでもよい。


どんなに出来の悪くたって、お金にならなくたって、愛されなくたって、世間から認められなくたって、それを続けている自分を誇れるのであれば、好きであると言い切れあるのであれば、辞める理由はなんてどこにもない。

逆に、どんなに正しくて、格好良くても、それを持ち続けている自分に違和感を感じるのであれば、その時点が引き際なのだ。


私の座右の銘は、「やらぬ後悔より、やる後悔」であるため、飛び込むことは得意でも、引くことはとても苦手だ。引きずるわ、後悔するわで、往生際の悪さ極まりない。あがいで、しがみついてはそんな自分に嫌悪感を抱いて、涙しながら、少しずつ手放して、それでも立ち止まっては振り返って、また涙して…を幾度も繰り返してきた。その内、少しずつ直感が研ぎ澄まされて、行き過ぎることがなくとも、「ここが引き際だよ」と心がぴったりの場所を教えてくれるようになった。




高校生2年生の夏。

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