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16/9/30

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第16話

Image by Olia Gozha

誇りと汚れ

《ここまでのあらすじ》初めて読む方へ

大学生に篠田桃子はあることがきっかけでショーパブでアルバイトを始める。次第に野望に目覚め着実に上り詰めていく桃子。恋人と別かれ、友達に見放されても桃子はこの世界に居場所を見つけようと必死だった。そんな中、ついに売れっ子しか出演できないといわれる後半のショーに抜擢される。



昨夜遅く、久しぶりに実家の母と電話で話した。


受話器越しに開口一番、彼女は訝しげに言った。


「あなた、最近、夜全然電話出ないのね」



バイトで忙しかったと説明した。

母は学校のことを心配はしていたが

バイトを止めろとは言わない。



母の仕送りだけでは生活費と家賃を賄えないことを

一番分かっているのも彼女だったから。


私がちゃんとバイトと学業を両立していくからというと


彼女は安心したのかそれ以上言わなかった。


夜、居酒屋でバイトするのさえ反対していた母だ。

もし私がショーパブなんかでバイトしていると知ったら

明日にでも上京して止めにくるだろう。



母は良家の出身で、いわゆる箱入り娘だった


駆け落ちも同然で私の父と一緒になったが


父は仕事をクビになったことがきっかけで荒れてしまい

博打にハマりだし

母は乳呑み子だった私を背中におんぶしながら

いつも内職しなければならなかった


死んでも治らないというギャンブル依存は

ひどくなる一方で

母の苦労は計り知れなかった


絶望の淵で、父に対する愛情は次第に冷めていった


それでも幼い私のために我慢していたが、

ある日、子どものためと貯めてきた貯金を全て

父がパチンコですってしまったと知り

ついに父を見限ったそうだ


「あの人は頭が良いの人なのに、意志だけは弱くてね。

私の父はちゃんとそこを見抜いていたんだわ。

それなのに若さって愚かね。そんな親の言葉、耳にも入らなかった」


母は、忌々しそうに、そして遠い目をしてそう言った


私にはそんな感情はなかった

父に対しては愛情も憎悪も何もない

幼かった私は、その人のことは何1つ知らない

ただ、1つだけ確信を持てることは


父のせいで私は普通の家庭の子供ではなくなってしまったことだ


それからも母は自力で借金を返済したが、暮らしは楽にならなかった


でも母は、決して挫けずに私を育ててくれた


常に誇りと愛情を持って…自分に対しても

自分の娘に対しても




私は…


そんな母の誇りを汚している


客に媚びた笑いを見せ、肌を見せ…


でも…


私は誇りを捨ててでも


欲しているものがある


地位と財力だ


これさえ手に入れれば誇りなんて取り戻せる


私は本気でそう思っていた




金曜日のパテオはどこからともなく大勢の男たちが押し寄せて大盛況だった。


店先で佐々木も客の対応にてんやわんやだった。

彼としても嬉しい悲鳴をあげたいところだが

黒服ボーイたちの段取りの悪さに堪らず

途中でブチ切れる始末だった。


そういう夜は玲子さんもホステスとして接客対応していた。


グレーの光沢のある滑らかな生地のロングドレスを

品よく着こなして、落ち着いた大人の女性の動作と

私とは比較しようもない巧妙な話術で

赤ら顔のスーツたちを有頂天にさせていた。


「いやあ、玲子さんが隣についてくれるなんて

僕ら今夜は最高についてますわ」


「本当かしら。私みたいな年増でガッカリなんじゃないの?」


玲子さんは流し目とポッテリした赤い唇で微笑む。


「そんな〜〜玲子さんいくつなんすかあ〜?」

という男たちの声がラウンジのちょうど対極線上にいる私の耳元まで届いてくる。


私は今夜3人目の指名客のタバコに火を付けていた。


「もうそろそろじゃないの?」


私は、え…と言って客を見た。


「何〜、お前ヨユ〜だね、ショーだよ!」


「あ、そっか」


私は時計を見た。

そろそろ着替える時間だった。


「あのなあ、今日はお前のデビューだからって

俺、残業すっぽかしてきたんだぞ〜〜。上司に睨まれたぜ、かなり」


「ごめん、エヘヘ。緊張してたらぼーっとしてきて。ありがとうね」


「いいってことよ。俺にとっちゃ仕事より

杏の方がはるかに大事なんだからさ。

クソ上司なんかどーってことねえよ」


私はもう一回エヘヘと笑って見せ

行ってくるねと言って席を立った。



私の衣装の黒いビキニに男性ものの大きな白いワイシャツを羽織った。


舞台にはナンバーワンの美咲を始め


神セブンと呼ばれる超売れっ子たちがスタンバっていた。


私も彼女達のすぐそばでポーズを取っていた。

半年前は雲の上の存在だった彼女達を初めて

間近に見た気がした。


彼女達に清楚な輝きは微塵もなかったが


妖艶な匂い立つようなメスの匂いを放っているようだった。


その存在を感じながら


私は分かったことがあった。


私の育った家庭環境だから分かったことだ。


答えは今の私そのものだ。


お金は人を狂わす。

そして壊す。


尊かった愛も

私をも…



その夜、私は初めて彼女たちと同じ曲を踊った。


踊っている間、私は神セブンのほぼ一員だった。


やっと…

ついに、ここまで辿りついた。


曲の最後で涙ぐみそうになってしまった。


強いライトに思わず瞼を閉じ、そしてまた開く。


客席の指名客が頷きながらウインクしてくる。


周りに俺のオンナだぜとでも言いたげな顔だ。


イイよ…その顔、すごく。


その顔が見られたらコッチはしめたもの。


私は他の客の顔にも視線を流した。

その時…


私の視線は止まり、かわりに大きく目を見開いた。




その男は本当に狡猾でセコくて偽善者だ。


人の弱みに付け込み


毎夜のように私の元へやってきて


その胡散臭い顔で馴れ馴れしかけてくる。

私の落とし穴の1つだった。



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