5歳の頃、両親が謎の別居

前話: 可愛すぎて嫉妬した兄に耳を噛みちぎられた赤ちゃん
次話: 小学2年生(1992年頃)で小金持ちから貧乏へ

アフィリエイター専業で5年以上!

I.T.土方解放サポーターの、

中城 子龍(ナカジョウ シリュウ)です。

今日は、5歳の頃に経験したお話。

奈良県の田舎に産まれた私ですが、

5歳の頃に大阪府へ引っ越してきます。

それと同時に、家から居なくなる母親。

1ヶ月に1回は、家に帰ってくる。

そして、また居なくなる。

を繰り返していました。

当時、母親を窓から見送る際、

手を大きく振って大泣きしていたのを、

めちゃくちゃ鮮明に覚えています。

(今でも思い出したら泣きそう)

当然、夜泣きもひどかったようです。

おそらく、

20歳で兄を出産したので、

遊び足らなかったのかもしれません。

私が中学3年生の頃、

両親が離婚しましたが、

すでに家庭に亀裂が

入っていたのでしょう。。

そんな劣悪な家庭環境もあって、

兄弟でこんなイタズラをしてました。

☆ アパートの窓から通行人をスナイプ

当時、デザートイーグルという

エアガンを持っていた兄弟。

日頃のストレスの解消のためか、

「窓の下を通る通行人の顔面めがけてスナイプ(2階から)」

していきます。

今、思えばとんでもない行動w

当然、撃たれた本人は大激怒。

家に突撃されたこともあります。

ピンポン!ピンポン!

と連打されるも、私たち兄弟は無視。

「こらー!出てこんかい!お前らやろ!」

と怒鳴られても無視。

完全に大人を舐めていましたねw

こんな経験をしてきて思うのが、

「絶対、両親のような親にはならない。」

ということ。

母親とは交流がありますが、

父親とは疎遠状態です。

両親のように、

子供に不安を与えるようになってはいけない。

子供に悲しい思いをさせてはいけない。

子供に楽しく生きて欲しい。

「とにかく両親のような家庭を作ってはいけない。」

そんな強い気持ちを持っているからこそ、

時間的、経済的な自由を求めて、

アフィリエイトで起業を果たしました。

思い起こせば、

両親が家庭を崩壊させた原因は、

たくさんあります。

「お互いへの感謝を示さなかった」

「父親が育児に無関心だった」

「父親がバブルで調子にのって弾けて一気に貧乏になった」

「父親が無職になって酒漬けになった」

「金があった時代のプライドを捨てれなかった」

「両親ともにギャンブルに溺れて多額の借金を背負った」

「父親が自己破産をした」

・・・etc

これらの経験をしてきたからこそ、

今の私の考え方、

ライフスタイルがあるんです。

今後も少しずつお話していきますね!

著者の中城 子龍さんに人生相談を申込む

続きのストーリーはこちら!

小学2年生(1992年頃)で小金持ちから貧乏へ

著者の中城 子龍さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。