HAYATO NY物語2

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HAYATO NY物語2


50名の中から選ばれた5名は全てスタイリスト経験者である。


創業の頃はアシスタントを雇用し育成すると言う事は時間も手間もかかるので考えていなかった。

お給料システムは全て実力主義のフルコミッション制にした。


売れるか売れないかは自分の才能と努力にかかっている。


NYにチャレンジする日本人スタイリストはその覚悟がなければNYになんて来ない方がいいと僕は考えていた。


NYとは実力と自信があるものだけが勝ち残りそうでないスタイリストは市場から退場し日本に帰ればいい。


NYサロンは経験があり自信あるスタイリスト達を5名も獲得しその中から僕が直感的に選んだSHINを店長に選んだ。


サロン売り上げも倍増するかに思われていたが5名のスタイリスト達はなかなか売り上げを伸ばすことが出来ずに苦しんでいた。


創業年に若干だが僕のヘルプをするKEIJYUとERI2名のアシスタントがはいた。


この2名はNYで僕が技術指導を行った。


NYの他店ですでに経験を積んでいたKEIJYUが先にデビューしERIは日本で1年間アシスタント経験し、後に単身でNYに渡り僕のサロンに採用面接にきた。


笑顔がとても素敵な少女だった。


ERIは日本からのスタイリストと同じタイミングでデビューしたが経験不足な手さばきの悪さは否めないと思って見ていた。


しかしERIは持ち前の笑顔と積極的な接客で確実にお客様のハートをつかみ経験ある日本から来たスタイリストに3か月で差をつけ1年後には指名売り上げが3倍もの差を付けた。


自信を無くした日本からのスタイリスト達は苦しんでいた。


みんな日本では自信満々だった強者たちだったが売り上げが数か月たってもなかなか上がらない、お給料は完全歩合のコミッション制なので日本からの貯金もみんなそこを尽き始めみんなの顔色は次第に暗いムードになっていた。


僕にはなぜ日本から来たスタイリスト達がお客様から選ばれないのか見えてはいたが経験あるスタイリストにアドバイスを行う事は本人のプライドを傷つけることにもなるので見て見ぬふりをしていた。


NYは強いものだけが生き残るサバイバルな巨大な都会のジャングル弱肉強食の世界。


弱いものはゲームから降りるしかない。


お店の空気が重くまずいムードが円満していた時、僕にとって経営者になってから初めての試練が起こった。信頼し店長を任せたSHIN君を始め4名のスタッフが急にサロンを辞めた。


店長の理由は任せると言って何一つ任せてくれない事や生活苦と英語が話せない事でのストレスなどだったが今思えば自信家の僕には弱い人を思いやる優しさがかけていたのだと思う。


どこが悪いのかわかっているのにアドバイスや指導を行わずにいた。


その結果お店全体の売り上げも上がることは無くむしろ悪い口コミが広がっている事に気が付いていなかった。


NYに来てから僕は一人で頑張ってきた夢を持った仲間がまた一人また一人夢に破れ夢を諦め帰国していく人を見て来た。他の人を思いやったり悲しんだりする感覚がマヒしなくなっていた。


#hayatony物語



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