HAYATO NY物語3

前編: HAYATO NY物語2
後編: hayatony物語4


僕もNYに来た当時は全く英語が話せないので僕を雇ってくれたSHIN MASAMIのお店では日本人のお客様を担当しました。


カットやパーマ技術には相当自信があった。


日本ではすぐに指名客や紹介客で一杯になっていたのにNYでは僕の技術が全く通用しない。


お店が僕に入客出来ないように受付で操作しているんじゃないかとも考えてしまうぐらい心の中も病んでいた。


今考えればお客様から支持されないその原因はアメリカと日本のトレンドの違いを理解せず


日本で流行しているスタイルをNYのお客様に押し売りしていたからだ


そして自分の過信からくるおごりでお客様に向き合わず丁寧な接客やサービスをする気持ちがかけていたことだ。


そのような経験が僕にもあったので日本から来た経験あるスタイリスト達がどうして売り上げが伸びないか痛いほど分かっていた。


日本から来たスタイリスト達は日本のトレンドをNYで売ろうとしていたのだ。僕が見て見ぬふりをしていたのには一つには理由もある。感性を磨くにはその事実を話しても頭では理解できても感性がついてこないのだ。


簡単な話、田舎町から上京したばかりの人は相当センスが田舎臭い、しかし1年も立つともう立派な都会人になっている。そうファッションの感性とは目から入ったものに大きく影響されるのだ。


NYでデビューしたてのERIが日本から来た経験あるスタイリストよりも売り上げをあげた理由は


既にNYの感性を身につけていた事と初心者ゆえに誠心誠意な接客と笑顔を絶やさない事、お客様にNOを言わない姿勢、胸にはいつも名札をさりげなくなく自分の名前をPR売り込んでいた。おまけには僕から技術指導を直接受けていたことだ。笑


日本から採用したスタイリスト中で唯一残ったメンバーがMINAだ。


山形からの応募で5名の採用者の中に一人辞退者が出ての補欠合格だった。


彼女の夢はマドンナのヘアー担当になる事だった。


5人中4人が辞めたので僕は正直に話をMINAにした。


彼女が日本で習得した基礎技術ではいつまでたってもお客様に満足できるクオリティーの技術提供が出来ない事を僕は感じていたので彼女に3か月間、僕の専用アシスタントになり基礎技術を学び直す事を諭した。


彼女にとっては屈辱だったかもしれないがMINAはそのことを受け入れてくれた。


僕も出来る限り僕の知っているカット技術を一から教え直した。学ぶとは今まで学んだ事を全て捨てるからこそ学ぶのだ。


中途半端に過去に学んだ事が新しい学びを受け入れる邪魔をする。


学ぶとはそれまで貯めてきたバケツの水を捨てないと新しい学びはすぐにあふれ出し結局は何も学べないままに終わる。


学ぶとはそういう事だ。


その後MINAの売り上げは順調に上がり今や僕の人生のパートナー以上にNY店のご意見番として現役としてNY店で活躍いただいている。


#HAYATONY物語



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hayatony物語4

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