HAYATONY物語7

前編: HAYATONY物語6
後編: HAYATONY物語8

進路進学、中学3年生になると僕たちの年代のほとんどの中学生は受験し高校へ進学する。

転校生、高崎君の話や中学の修学旅行で東京に行った時に映る都会の姿はすべてにおいて僕には目からウロコで益々都会への憧れを強くした。

3階以上のビルが無い田舎の少年にとって東京はあらゆる面で僕の心に凄いインパクトを与えた。就学旅行がきっかけで都会へのあこがれが強い僕は地元では少しは発展した伊勢市にある高校に進学したかった。

三重県の公立高校には学区区分があり、進学するにも自身の住民表の有る学区に高校を受験するシステムになっている。

三重県は第一群,二群,三群の3つのエリアに別れている

高校は普通高校、専門高校、総合高校がありそれ以外は私立高校になる。

公立高校は1校しか受験出来ない為に私立高校を滑り止めとして受験し公立高校を本命校として受験するのが一般的であった。

僕は私立の三重高校の特別進学クラスを滑り止めに受験し合格した。

この高校は寮制の男子校で普通クラス、特別進学クラス、特特進学クラスがあり僕は正直、寮制の男子校には行きたくなかった笑。

最終的にどこの公立高校を本命に受験するか親や先生を交え進路について話し合いを行った。

僕の一番の希望は友達の高崎、岩城、大谷TOP3が受験する第三群の進学校(伊勢高校と宇治山田高校)への進学を第一志望にした。第二志望は宇治山田商業高校であった。

あくまで親元から離れ一人で下宿生活し少しでも都会の高校に進学をしたかったが

僕の希望は聞き入れられず親や先生の進める徒歩で通える地元で唯一の高校である県立水産高校の普通科クラスを受験する事になった。

しかしこの親や先生の選択が僕の人生の最大のトラウマになった。

僕の成績で第一志望の進学校を受験するにはボーダーラインだと言われ確実に入れる水産高校の普通科への受験をするよう説得され中学生の僕は不本意であるがしぶしぶ受験することになった。

「滑り止めも受かっているのに何で進学高をチャレンジさせてもらえないのか」と心の中で僕は叫んでいた。

子供心に自分で決めることが出来ない人生の選択に失望し何となく挫折感を味わった。

水産高校だから本来は将来魚業に従事する人達の向けの専門高校である。

漁業科,機関科,製造科,増殖科そして普通科と5つのクラスから成り立っていたが実態は地元の中学生が漁業とは関係なくその学力に合わせて受験すると言うあまり意味のない専門高校になっていた。

本人が漁業を目指して専門の課を入試するのではなくその偏差値によって地元の先生たちや親達によって受験する科が決められていた。

水産の専門高校は全国的にも少なく真剣に漁業に取り組みたい生徒は全国から集まってきてそのための寮もあった。

そのような真剣に漁業を目指す生徒もいた。

地元に大学や専門学校に進学する普通高校がなかった為に地域の人達からの要請で魚業に従事しない生徒の為に後付けで普通科クラスが出来たそうだ。

よって地元では成績の優秀な子供が受験する科としてもてはやされ普通科に入学した子供の親は地元では鼻が高かった。

しかし地元の子供達にとってはそうではなかった。

完全に学力別クラス分けになっていたので

成績別に分けられたクラスの様になり子供達の心の中でも差別意識が必然的に生まれた。

入学後みんなもそのように感じていた。

僕の住む志摩郡には普通高校が無い為にエリアの違う中学から生徒も集まり学校別にグループが出来、入学式そうそう各エリアから集まった番長格のケンカが始まった。

水産高校だけに気の荒い男子が多い入学当時はみんな緊張してとがっていて誰がこの学校を占めるのか?みたいな空気が出来ていた。

 #hayatony物語

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HAYATONY物語8

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