「運」だけは持っている男(4)

前話: 「運」だけは持っている男(3)

その後に生まれた弟か、自分か?

妹の死により、自分が生かされているの!実感。

その後に9歳離れて生まれてきた弟が素晴らしい「運」を持って生まれ変わってきたか?

はたまた、2年前に交通事故で死ななかったので、二人に・・・

嫌・・・家族全員に影響してしまったかは「お天道様」のみぞ知るところではあります。

その後も、運命の悪戯?は続きます。

 父親は、今まで以上に熱心に仕事人間に、頑なまでに仏教徒になり「赤」の傾向が強くなります。

お金や「儲け」を考えない(ボランティアではないので考えてはいるでしょうが)営業スタイルに成り、職人を育てるとか、事業を拡大するより

「里親」として身寄りのない子を預かったり、出稼ぎで出てきた父親についてきた兄弟を預かったり。

母親は、今まで以上に「甘やかし」子育てに成っていきます。(幼い子供を亡くしたので当然ですが)

姉と自分も「般若心経」を空で言えるくらい付き合わされますが・・・・・。

いっそのこと、その時点で「お寺さん」にでも預けていれば・・・どうなったでしょう?(笑)

好きな偉人に「北畠道龍」という幕末の紀州藩家老が居ますが、そんなお坊さんに成りたかったな~。

姉は、お年頃になり住居兼ケーキ工場に若い男の子達が住み込みで居るのが嫌で、近所の祖母の家に。

その頃、創業者の祖父は他界しています。


祖父の話を少し。父方の祖父も、母方の祖父も豪快な人でどちらも大好き!でした。

特に父方のララ創業者・菊川儀雄は、近所に住んでいたこともあり、従姉妹が女が多いことなどで良くしてくれました。大人になり菓子職人になってから大先輩たちから「菊川さんのお爺さんは怖くてね~・・・」など逸話が絶えない人だったようです。

もしかしたら、自分の「強運」は、その名から一字を頂いた祖父のお蔭では?とさえ思う時があります。数々の逸話がありますが・・・、【赤紙7枚】を笑い話にするなどを次回にしましょうか?

何せ大東亜戦争で「南方の最前線に7回も徴収されて、生きて帰って来てピンピン生きているのだからハハッハ」とか、当然生きて帰ってくるつもりだから婆さんに「刀や大事な物を竹筒に入れて地面を掘って隠す指示・・・」などなど次回

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