第2話:11歳で母を自殺で亡くした若者が生きることを諦めなかった『からあげ』の話。
最後の夜
玄関は、いつもと変わっていなかった。
台所には、夕食の食材が置いてあった。カレーの食材と魚のフライだった。
「いってらっしゃい。」
朝、母の声かけにろくな返事もせず僕は学校へ向かった。ここ数日、母は朝食もつくってくれていた。夕食の買い物に出かけて、帰ってから思い立ったのだろうか。
僕が母と対面したのは、オソウシキを行う会場だった。母は狭い桶の中で静かに手を組んでいた。ただ寝ているだけのような感じがした。小さい頃、僕は夜中に目覚めると、この母親の顔を観て安心して、眠りにつくことが定番だった。
違ったのは、唇が真っ赤に塗られていたことだけだ。ただ、顔に触れると『ツメタイ』感じがした。横で一緒に寝ながら包み込んでくれた温もりはなかった。
本当に死んでしまったのだろうか?なぜ死んでしまったのだろうか?僕は不思議でたまらなかった。『ツメタイ』ことだけが母の死を確かにしようとする証拠だった。
雨の中、オツヤがあった。担任の先生や友達、どこかで見たことのある母や父の知り合いも来ていた。
あるおばちゃんは、僕に言った。
「泣かずに、えらいね。これから大変になるんやろうけど、お母さんの分もしっかり生きるねんで。お兄ちゃんやねんから、大丈夫。」
溢れる感情を受け入れることは、母が死んだことを受け入れることになってしまう。涙を流すと、本当に母が死んでしまう気がした。
何かの間違いで、テレビで観たことのあるドッキリが起こるんじゃないか。
『実は、生きてました!』
と誰かが言ってくれることを、僕は静かに期待していた。
父はオツヤに来てくれた人たちへ「最近、養命酒を渡したことがいけなかったのかもしれない。色んな理由を探すけど、神様に呼ばれて逝ってしまったと考えないと気持ちの整理がつかない。」と話していた。
オツヤが終わり、最後の夜が始まった。外は、変わらず雨が降っていた。ただ、入り乱れる悲しみや苦しみや『なんで?』の気持ちを見守る、静かな夜だった。
母の眠る桶のそばで僕は月刊マンガを読んでいた。応募した懸賞に当たり、名前がマンガの最後に書かれていた。
「ほら、見て。僕の名前があるよ。」
僕は母が返事をしてくれることを待っていた。周りが明るくなるまで、母の横でマンガを読み続けた。
オソウシキは、あまり覚えていない。覚えていることは、弟がゲームをやっていたことだ。
「もう直ぐお別れやのに、何やってんねん。」
「ゲームをやりたいんやなくて、ゲームをすることでしか、目の前を見ることができへんねん。」
親戚のおばちゃんらは、ひそひそと話していた。
お別れの時が、やってきた。母は暗い火葬炉に運ばれていった。母の弟あっくんが泣いているのを初めて見た。その涙を横目に、本当に母が死んだこと、もう二度と会えないことを悟った。
僕は初めて涙を流した。誰にも気付かれないよう、静かに泣いていた。
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