ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ①ホームレスの彼との出逢い
ジェットコースターのような乱高下する人生は、友達のユウくんに誘われて、キャンプに参加したところから始まった。季節は秋。1泊2日のキャンプに、私は「暇だし」という理由で、特に期待する事なく参加した。私も含め男女8人が東京郊外のキャンプ場に集まったのだけど、私の知り合いは誘ってくれたユウくんだけ。私の他に女子が1人いて、残った5人の男の中に「彼」は居た。
やや小柄でモンベルの緑のアウトドアウェアを着ていた彼は、天然パーマのくせ毛で、ちょっとだけ前歯が出ていた。
「サッカー日本代表の遠藤に似てるね」
そう言ったのを今でも覚えている。その時の彼の返事は、
「前歯だけだろ」
というものだった。嬉しそうでも悲しそうでも恥ずかしそうでもない、それが私達のファーストコンタクトだった。
午前中に都心を車で出発して、東京郊外のキャンプ場についたのは午後3時頃。一番最初にしたのは、みんなでテントを建てる事だった。
テントは男性用、女性用と2つ。キャンプに馴れたメンバーの的確な指示で、みんなで力を合わせテキパキと準備は進んだ。が、その輪に入らない奴が1人だけいた。それが彼だった。
彼は、みんなの大きなテントの脇に1人用の小さなテントを張っていた。私は1人用のテントを見た事がなかったので、それが何だか最初は分からなかった。
夜に備えて野菜を切り、火にかけた。そのうちラタトゥイユやポトフになるはずの鍋をみんなで囲みながら談笑した。
その時の話題の中心になっていたのは、彼の「ホームレス実験」の事だった。私はまた、何の話をしているのか分からず、少し混乱した。
彼は「実験」と称して恵比寿駅近くの公園で寝泊まりしているのだという。寝るのは土管の中。荷物は、速乾性のシャツとパンツ2枚ずつ、ノートパソコン、洗面道具、寝袋など。お風呂はフィットネスジムのシャワーを使い、レンタル倉庫に貴重品をしまっていた。Web関連のバイトをしていて、少ないながら収入も貯金もあるのだという。
私はますます頭が混乱した。お金があるのに、この人はなんでホームレスをする必要があるのだろう?
「もし将来、お金に困る事があったとしても、ホームレス生活を経験した事があれば、怖くないよね? だから、余裕のあるうちに経験しておくんだ」
私は自分にない発想をさらっという彼に唖然とした。
元々人見知りではない私だけれど、彼はすごく話しやすかった。いつの間にか話が弾んでいた。今になって思うのだけど、それは彼が一切自分を取り繕ったり飾ったりしなかったからだと思う。彼は自分が素人童貞だという事も隠さず話していた。
実は私は持病があって、あまり安定した働き方ができない人間で、ホームレスの話は現実感があった。私はリアルに働けなくなってお金に困る日がくる可能性があるのだ。これは他人事じゃないなぁ、と思ったのを覚えている。この時、私は既に、彼に親近感を抱いていたのだと思う。
そして私はといえば、3ヵ月前に前の彼氏と別れていた。少し年上のその彼氏は事業をいくつも経営していて、頭の回転が速い、いわゆる「出来る」人だった。ファッションが個性的で、時にレディースの服を着たりしていた。音楽関係の仕事だったので、選曲のセンスも良かった。私が自分のプライベートな相談をしているうちに、いつの間にか恋に落ちていた。
前彼は常に忙しい人で、会うのはいつも自宅だった。つきあい出したばかりの頃、一度だけ、一緒に初詣に行こうと誘ってくれたのだけど、結局それも行かなかったし、それ以降は一緒に外に遊びに行きたいと話しかける事すら躊躇われる感じになってしまった。
「今が忙しい時期だから」
いつの間にかそれが彼の口癖になっていた。私も最初は我慢していたけれど、いつしかそれは当たり前になって、我慢している事すら忘れてしまうようになった。
私は30歳を過ぎていて年齢も年齢だし、つきあうならちゃんと働いていてしっかりした人がいいなと思っていたので、別れをためらった。でも「2人の時間」という恋人なら共有しているものを、まるで共有できていなかった。私たちはつきあっているのだろうか、つきあっていないのだろうか、そんな事ばかり考えるようになっていた。
いつだったか、私が部屋の電気のスイッチの場所を間違えて、違うスイッチをONにした事があって、なぜだか分からないけど、物凄く切れられた事があった。なぜだから分からないから、余計に怖かった。
結局、デートらしいデートはしないまま、会う機会が減り、半年ほどの交際ともいえないような交際は終わりを迎えた。一生懸命仕事に取り組む姿勢に惹かれたけれど、私は仕事に勝てなかったのだと思う。戦いに疲れたような、終わってほっとしたような、ちょうどそんな時期に、私たちは出会った。
そしてこの1ヵ月後、私たちは交際ゼロ日婚をするのである。
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