世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(10)
パティスリーに、サラダ場に。
「よう!ケイシー元気かい?」
「今日も楽しんでるかい!」
従業員用出入り口を通って廊下を歩き、ランドリーのおばちゃんに挨拶をしてからBENIHANAに向かうまでに、お菓子をつくる部屋・パティスリーや冷製皿を担当するサラダ場を通ります。そこにいる人々は皆、ケイシーに向かって陽気な挨拶をしてくれるようになっていました。
それというのもBENIHANAには大きな冷蔵庫がないので、野菜やその他食材のストックを十分にしておけません。足りなくなった食材を様々な部屋から頼んで集めてくるのはいつも下っ端のケイシーの役目でした。
「あ!シェフショーン!!ブラザー!」
ひとりの大木のような身体をしたシェフがサラダ場の中から片手にナイフを持ったまま手を振ってくれました。太くて黒い眉毛に深いまなざしをしたショーンは、その大きな体に似合わず野菜の飾り切りが得意なのです。ケイシーが何度かサラダ場にオイルやアボガドを取りに行くうちに、飾り切りを教えてくれ仲良くなったのです。
「シスター元気かい?今日も頑張ってる?」
たまにBENIHANAのキッチンに来る用事があると、ショーンはニンジンのバラやキュウリで作るお花のタワーを教えてくれました。
「ええ!お蔭さまで!」
てらてらと灰色に光る廊下を横切りパティスリーが見えてくるとケイシーはその扉をあけて中に入りました。
「こんにちは!よかったらバナナが余っていたら数本いただけませんか?BENIHANAのデザートに使いたいのだけれど・・・」
目の前には数人の白いユニフォームを着たシェフ達が中央のテーブルを囲んで、大きな生地を型抜きで抜いているところでした。ひとりの白髪交じりのシェフがあごをしゃくると若いシェフがこちらに向かってきて、「何本かな?」と笑顔で聞いてくれます。
「四本もあれば!」というとそのシェフはおもむろに台の下にある段ボール箱に手をつっこんでバナナを取り出し、手渡してくれました。
「あと、これも食べるかい?」
入口近くに置かれていた焼きあがったばかりのサクサクの焼き菓子をつまんで、ケイシーの目の前に差し出してくれました。
「わあ!有難う!!」
ホテル五レストラン、総勢九十名のシェフのうち、実は女のシェフはケイシーのみでした。加えて東洋人、日本人ということでどこに行っても珍しがられ、よくしてもらえたというのは幸運のみといっても過言ではありません。
誰もがそれなりに良識をもって接してくれ、ケイシーを尊重してくれる状況の中でケイシーにとってますますあの事件が嘘であったかのような心地を覚えるのでした。
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