世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(9)

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前編: 世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(8)
後編: 世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(10)

新しいシェフ、ラミエロ。

それはケイシーがBENIHANAの見習いシェフとして就任しちょうど二週間経ったころのことでした。

「ねえ、メリッサ。今日から新しいシェフが入ってくるんだよね?」

「ええ、そう聞いてるわよ。誰がいつどんなタイミングで来るかなんて私はあまり関心ないけどね」

いつも通り、飄々とした雰囲気で従業員食堂のテーブルに腰かけ、社食のクリームパスタを頬ばるメリッサを前にしてケイシーはふふっと笑いました。自分のフォークの手を休めて聞きます。

「それにしてもメリッサ、あなたよく食べるよね。もうおかわり二皿目?なのにそんなに細いなんてどうしてなの」

「さあ?私にもわかんないわ。でも一つだけ言えることは私が食べることを止めてしまったら、それこそマッチ棒のようになっちゃうってことだけよ」

彼女はフォークを口に運ぶ手を休めずにそう答えました。サバサバとしたメリッサの性格は一緒にいると心地いいので、いつも仕事の休憩時間にはこうして一緒に従業員食堂に来ているのでした。

メリッサは後ろでひっつめポニーテールにした髪の毛をゆすって席を立ちあがると、さらに三皿目のパスタを貰うために列に並びに行きました。

フィリピン人女性の日本人女性との大きな違いは、自分のやりたいことをはっきりと主張することだなあと最近感じます。そして彼らはちゃんとそれを実行する。まあ、悪く言えば自分勝手でありよく言えば有言実行です。

ふと遠くを見るとメリッサが片手に持ったコップに並々とコーラを注いで、それをこぼさないように用心しながらこちらに向かって歩いてくる様子が見えました。そんなメリッサをかわいいなあ、と思ってしまうケイシーはなんだか彼女の叔母さんになった気分です。

新しいシェフの名前は、ラミエロ。ダルウィンのクウェートBENIHANA時代からの古いシェフ仲間です。ラミエロはどこか天然がかった五十代の男性でした。

「はじめまして!ラミエロ」

ケイシーがそう言って彼に握手を求めると、ラミエロは小柄なダルウィンとは反対のすらりとした長身をゆらりとさせて握手を返してくれました。

「はじめまして」

彼の浅黒い顔には幾本かの皺が刻まれ、熟年シェフの雰囲気を漂わせています。やや八の字になった眉毛とその下の深いまなざしは彼の優しさを象徴するかのようでした。

「今日からBENIHANAの一員だ。みんな仲良くやろうじゃないか!」

メッシはテンションが上がって、洗い場のジェラールと一緒にニンジンをマイクに見立てて歌いだしました。強面のイケメンシェフ、メッシがこんな面白い性格だと知ってからケイシーは一緒になってその輪に入るようになっていました。

「ショコラータ! ターミーナ!! シューハイヘイク!!」

メッシが歌手になりきってアラビア語の童話を歌いだすと、ジェラールがそれを撮影するディレクターかのように長鍋を向けて膝まづきます。

みんなでキッチンの奥でひとしきり笑ってから、すっかり初対面のラミエロと打ち解けました。

みんなの読んで良かった!