鉄板焼きシェフとして特訓する
ガラン!ガランカラーン!!
ケイシー「いいったあーい!!」
ホテル目の前にある従業員寮の屋上で、ケイシーは鉄板焼きパフォーマンスの特訓中です。
なにしろミスターイマドと約束した期限まで、わずかひと月しかありません。ひと月で、ケイシーは一人前のパフォーマンスを身につけなければならないのです。
寮の屋上は砂漠のヨルダンらしく、砂埃と乾燥した土がまき散らされているような場所です。何本か渡されたロープに洗濯物を干すとあっという間に乾いてしまうような乾燥した屋上に誰かが捨て置いたような鉄板台の高さとちょうど同じくらいの木のテーブルが置いてありました。
左手にヘラ、右手にナイフを持って左手の人差し指でヘラを回転させると、まだ慣れないケイシーのヘラは遠くへ飛んでゆき、下手をすると手前に戻ってきてしこたま肘のしびれツボにあたることもあるのです。
ケイシー「こわがってちゃだめだ!だめだ!!」
何度も自分にそう言い聞かせながら人差し指を回転させて、ヘラを回しては地面にガランガラーンと落としていると屋上の入口の方から声がしました。
カトリーン「あら、シェフケイシー。休憩時間なのに練習しているの?」
休憩時間で半袖カットソーにホットパンツを履いたカトリーンが出てきました。長くて茶色の綺麗な髪の毛に、きめの細やかな白い肌をした彼女は
カトリーン「偉いわね。休憩は二時間しかないっていうのに。」
そう言います。朝の十時から夜の十時。休憩はランチ後の二時間というのがBENIHANAのタイムシフトです。
ケイシー「でも、はやく鉄板焼きパフォーマンスを習得したいんです」
ケイシーがそういうとカトリーンは少し驚いたようにふふっと笑いました。
カトリーン「そう、じゃあ私の秘密を話してあげる。実は私も、鉄板焼きパフォーマンスができるのよ」
ケイシー「えっ!そうなの?」
サービスマネージャーとしていつも黒いスーツを身をまとったカトリーンに鉄板焼きパフォーマンスのイメージがかみ合わず、びっくりしてしまいました。
カトリーン「少し、そのヘラ貸してちょうだい」
ケイシーのヘラとフォークを手にすると、カトリーンは鮮やかな手さばきで左ででヘラを回して空中に投げてはパシッと手にキャッチして、上手にプロペラのようにそのヘラを回し始めました。
ケイシー「わ!すごい!あなたは本当はシェフなの??」
カトリーン「いいえケイシー。私はただのサービス。サービスの主任をやってるわ。昔ね、あなたが来る前のことだけれどジェスってフィリピン人の女シェフがいたの。彼女に習ったのよ」
ケイシー「でも、そんなにヘラの扱いがうまかったらあなたもシェフになれるんじゃない?」
ケイシーがそういうとカトリーンは下を向いて少し暗い表情になりました。
カトリーン「ええ・・私もそう思ってた。ジェスがほかの国のホテルにリクルートされて、私も鉄板焼きシェフをやりたかったの。でも、サービスの主任って仕事が多くて。なかなか最近は練習もできなくなってたし。・・そうだ、いい機会だわ!あなたもいることだし、私、これからあなたの練習を一緒に見てあげる」
ケイシー「いいの?」
カトリーン「ええ、もちろん。私も将来鉄板焼きのシェフになるのよ。そのための布石だわ。あなたに教えることで、私も向上したいと思うの。私にはね、フィリピンにおいてきた息子が一人いるの。彼のためならなんだってやってやりたい。いつか、私もシェフになって息子が生活に困らないくらいのたくさんのお金を彼に送ってあげたいの」
フィリピンの女性は情熱的で、ほんとに強いなあと改めて思いました。文化も宗教も違う国に、家族のために単身で働きに来るってことは本当に勇気のいることです。
ケイシーの場合はまだ、現地人のアラウィがいるので知り合いがいないというわけではありません。ですが彼女たちは、誰一人として知り合いのいない中をこうして強く生きています。誰かを守って生きることに対する貪欲さでは到底かなわないなあ、と心の中で思ってしまいました。
ケイシー「そっかあ・・・あなたもいろいろと抱えているんだね。じゃあ、一緒に頑張ろう!」
その日から、ケイシーとカトリーンの秘密の屋上特訓が始まったのでした。


