世界旅後手持ち300ドル、家族も友人・恋人、時間もお金もすべて失い失意のまま帰国したバックパッカーが自分の夢を叶えてきた記録(8)
鉄板焼きシェフとして特訓する
ガラン!ガランカラーン!!
ホテル目の前にある従業員寮の屋上で、ケイシーは鉄板焼きパフォーマンスの特訓中です。
なにしろミスターイマドと約束した期限まで、わずかひと月しかありません。ひと月で、ケイシーは一人前のパフォーマンスを身につけなければならないのです。
寮の屋上は砂漠のヨルダンらしく、砂埃と乾燥した土がまき散らされているような場所です。何本か渡されたロープに洗濯物を干すとあっという間に乾いてしまうような乾燥した屋上に誰かが捨て置いたような鉄板台の高さとちょうど同じくらいの木のテーブルが置いてありました。
左手にヘラ、右手にナイフを持って左手の人差し指でヘラを回転させると、まだ慣れないケイシーのヘラは遠くへ飛んでゆき、下手をすると手前に戻ってきてしこたま肘のしびれツボにあたることもあるのです。
何度も自分にそう言い聞かせながら人差し指を回転させて、ヘラを回しては地面にガランガラーンと落としていると屋上の入口の方から声がしました。
休憩時間で半袖カットソーにホットパンツを履いたカトリーンが出てきました。長くて茶色の綺麗な髪の毛に、きめの細やかな白い肌をした彼女は
そう言います。朝の十時から夜の十時。休憩はランチ後の二時間というのがBENIHANAのタイムシフトです。
ケイシーがそういうとカトリーンは少し驚いたようにふふっと笑いました。
サービスマネージャーとしていつも黒いスーツを身をまとったカトリーンに鉄板焼きパフォーマンスのイメージがかみ合わず、びっくりしてしまいました。
ケイシーのヘラとフォークを手にすると、カトリーンは鮮やかな手さばきで左ででヘラを回して空中に投げてはパシッと手にキャッチして、上手にプロペラのようにそのヘラを回し始めました。
ケイシーがそういうとカトリーンは下を向いて少し暗い表情になりました。
フィリピンの女性は情熱的で、ほんとに強いなあと改めて思いました。文化も宗教も違う国に、家族のために単身で働きに来るってことは本当に勇気のいることです。
ケイシーの場合はまだ、現地人のアラウィがいるので知り合いがいないというわけではありません。ですが彼女たちは、誰一人として知り合いのいない中をこうして強く生きています。誰かを守って生きることに対する貪欲さでは到底かなわないなあ、と心の中で思ってしまいました。
その日から、ケイシーとカトリーンの秘密の屋上特訓が始まったのでした。
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