ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ④真剣に結婚を考えた時の話

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前編: ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ③私が結婚を決断するまで
後編: ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ⑤寒空の下で書いた婚姻届


私は10代の頃、結婚をすると劇的に人生が変わると思っていた。

結婚したら、相手と一緒に住んだり、家事をしたり、子供を産んだり、本当は嫌な事も相手に合わせてみたり、良くも悪くも相手の色に染まり染められるイメージがあった。


私はそれが恋愛の延長にあるものだとは気づかないでいた。私の中で、恋愛と結婚の間に、大きな断絶があっだのだ。だから劇的に変わると思っていた。


結婚したら相手の色に染まる事もあろうだろう。でもそれは、少しずつ染まっていくものだ。ある日突然、白いウエディングドレスを来た花嫁が赤や青に染まったりはしないのだ。ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて妻や母になってゆくのだ。


その事が、10代の少女だった私には分からなかった。もっと言えば、病気をして必ずしも希望に満ちた青春を送れなかった私は、結婚して劇的に自分の人生が変わる事に淡い期待をいだいていたのだろう。


少女の頃はリアルな形で結婚というものを考えられなくてもある意味仕方がないと思う。だけど、私は30代になっても相変わらずそのままで、軽いノリだけで、たまのぶと結婚する話に突入してしまっていた。


いや、私のこれまでの人生で一度だけ、ちゃんと結婚を考えた相手が居た。中田さんだ。


テレビディレクターをしている中田さんと出会った時、私はギリギリ20代で、向こうは40代。一回りも歳が離れたカップルだったけど、私たちは出会ったその日から、まるで兄妹のように気が合った。食べ物の話も音楽の話も下らない動画の話も、とにかく何に対してもハマるポイントが一緒だった。


出会って2週間できちんと交際を始め、それから2ヵ月経ったある日、早くも私たちは真剣に結婚を検討した。2人でベッドに入りゴロゴロしながら、結婚についてお互いの希望を出し合っていった。そして私は気づいてしまったのだ。この人とは結婚できない、という事に。


中田さんはバツイチで小学生の娘が1人いた。バツイチの方は問題なかった。歳の差も気にならなかった。けれど……。


中田さんの娘は別れた奥さんが育てていて生活は別だったのだけれど、万が一、奥さんに何かがあった場合、娘は中田さんの所にやってくるだろう。その時、私はその子をちゃんと育てられるだろうか。自分の事すら不安で不安定で自信がない、この私に。にっこり笑顔で母親の代役が務まるのだろうか。


「そんな確率は1%もないと思うけど」


中田さんは、正しい。ちゃんとリアルに結婚の事を考えてくれているから、正しい返答がくる。それは私も分かっている。でも、私はこんな質問を続けた。


「もし、私と娘さんが同時に海で溺れていたら、どっちを助けるの?」


無理難題だし、私と中田さんの娘は、比較の対象ではない。それも私は分かっている。でも、その質問を私はした。きっと私は、私以外に大事なものがあるという事が許せなかったのだと思う。


私たちは2回にわたり10時間ずつ話し合って、そして別れた。


   ※   ※   ※


その日、たまのぶは岩手県大船渡市からメッセージを送ってきた。


「星がきれいだよ。白濱に見せてあげたいけど、手元にあるカメラだとちゃんと写らなくて残念」


たまのぶはホームレスだから、移動は自由だ。この時も、ハッカーハウスで知り合った仲間の車に便乗して移動したらしい。


「なかなか会えないね」


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