12月の3話 ホームシックの折鶴

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 12月になると、街中がクリスマスの飾りつけの作業を開始する。フランスはカソリックの国。クリスマスは本場と言える。

 去年のクリスマスもここフランスにいたが、そのときは当時の指導者(大学の先輩)が「寂しいでしょうから、うちのクリスマスに参加する?」と誘ってくださり、お言葉に甘えた。フランスにおいて、クリスマスは家族で過ごすもの。先輩はフランス人の方と結婚されていたので、その年のクリスマスは旦那さんのご実家で過ごす予定だったのだが、そこへ私を誘ってくださったのだ。そのお家では、本物の火の入った暖炉のお部屋でクリスマスディナーをいただいた。

 フランスにおけるクリスマスプレゼントの渡し方は日本とは違っていた。まず、ご飯の後、子供達に、「サンタさんが来るのは遅いから、そのときに起きて待っていられるように、今のうちに寝ておこう」、と言って2階の寝室で寝かしつける。その後に大人たちが、隠しておいたプレゼント(包装紙に渡される人の名前入り)の全てを暖炉の周りに慌しく並べる。並べ終わったら、子供達を起こし、「今サンタさんが来たんだよ」と言って、1階の暖炉前に呼び寄せるのだ。3ペアの夫婦と子供達4人、そして私の、合計11名分のプレゼントが集まれば、それはまさにプレゼントの山、と言えるほどの量になっていた。

 大きな箱、小さな箱が暖炉の灯に照らされて、ゆらゆらと温かそうに光っていた。子供達がサンタさんに会おうと焦って階段を下りてきたところへ、目に入るプレゼントの山。その光景を、寝ぼけ眼で見る子供達の気持ちはどんなだっただろう。期待通り、先輩のお子さんは目を丸くして、プレゼントに大興奮だった。自分の名前のある包みを渡してもらうや否や、包装紙をビリビリに破って中身を確認していた。起きたばっかりだったから尚さら元気一杯だった。

 こちらでは包装紙はビリビリと賑やかに破き、とてもパーティらしい盛り上がりを見せる。一通り皆がプレゼントを確認し終わったら、大人たちが包装紙の片付けを始める。ばーっと並べ、ばーっと開き、ばーっと片付ける。慌しくて、豪快で、後には楽しい気分が残る。そんな本場のクリスマスを体験できたのはとても良い経験だった。

 前置きが長くなったが、今回のクリスマスはそうはいかなかった。大学の寮に住んでいる子たちも、クリスマスシーズンは、殆どが自分の家族の元へ帰る。寮内はガランとし、研究所もバカンスを取る人たち続出でガランとした。先にも書いたとおり、私は論文読みが終わらず焦っていたから、お休みの日も寮の部屋に引きこもって、寒いから布団を脚を突っ込んで、ひたすら仕事をしていた。特に何の予定を入れることもなく、積極的に友達を作ることもしなかった。

 当時、自覚はなかったが、きっと相当寂しかったに違いない。それはそうだ。周りは皆、家族で楽しく過ごしているのに、私は1人、色々な不便に耐えながらの外国生活。思えば去年も家族と一緒に過ごしていない。私は毎年、ちゃんと実家で年越ししていたから、コタツに集い、互いに大事な存在と認め合っている家族と一緒に年末年始のテレビを見て過ごすのが、とても幸せだということを知っている。

 突然、私は研究所で、日本からお土産にと思って持ってきていた折り紙で、鶴を折り始めた。手の平サイズの和紙のような作りで、模様も日本らしくてきれいだった。論文を思うように読み進められないストレスからの逃避もあっただろう、年末の間に、実に10数羽の鶴を折り、研究所のカフェスペースに置いておいた。一応、海外にいると、自分が日本文化を広めなくては、みたいな気分になるものだ。ポスドクや博士学生の子たちが興味深そうに持って帰ってくれるのを喜んでみていた。

 折鶴を折っている間、余計なことを考えず、集中して時間を過ごせるのが楽しかった。折るときに、角や辺をピタリを合わせるように注意を払うのも楽しかった。ふと思いついて、無地の和紙を2枚重ねて1羽の鶴に折ってみたら、色合わせそのものもとても楽しいことに気が付いた。このような、小さなものを精度良く作ることに喜びを感じる気質、それが出来てしまう手先の器用さや丁寧さ、色合わせの表情を楽しめる繊細な感性、これらは日本の心かも知れないな、と思った。

 この折鶴ブームは年始まで続いた。今、日本の友達に「折鶴折ってた」と話すと、「それは病んでたね」と同情してくれる。恐らくあれが、初めて経験したホームシックというやつだったのだろう。


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