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16/12/30

3月の3話 仕事帰りに夕日とビール

Image by Olia Gozha

 ところでクルーズの1日目、海上調査が終わったのは、まだ夕方の4時だった。今日の仕事はもう無いらしい。まだもちろん日は明るい。研究員の皆と、仕事帰りに一杯、とばかり、海辺の道路に面したバーに入った。木作りのテラスがあり、夕刻の海風を存分に感じられるロケーションだ。雰囲気が良かった。

 まだ時間が早かったためか、先客はほんの少しで空いていた。私達は、そのテラスの6人席を陣取った。ボスが

「ビールは何にする?」

と英語で聞いてくれた。サイズが50と25(多分デシリットル)、色が赤、白、黒がある、と説明してくれた。私は

「土地のものが飲みたい」

と告げ、ボスは赤のビールを持ってきてくれた。

 ところで、今回のクルーズ、メンバーは、私以外は全員フランス人だった。船内の公用語はもちろん仏語。皆、私を気遣って英語で話そうとしてはくれるが、そうは言ってもやっぱりフランス人同士で話しているときはフランス語である。このとき、私にとってフランスはまだ宇宙語同然だったから、フランス語で話されたら、私はどんな情報も小耳に挟むことすらできない。だから自然と会話の中で情報を得る、ということが全くできず、さっきのように、ボスなどの気が利く人が、わざわざ私に通訳してくれないと、何も分からない状態に陥るのだ。

 この状況は、当の立場になってみないとなかなか分からない辛さがある。周囲の人は、悪気もなく、私に説明することをよく忘れるのである。それについて、私は、仕方の無いことだと割り切っている。ただ、雑談ならば逐一説明してもらわなくても雰囲気で笑っていられるが、問題なのは、例えば船の上での注意事項、明日の集合時間など、私も知っておかねばならないことがあったときである。私からは、フランス語で今どんな話題が話されているのかは分からないから、自分から「私にも英語で教えてください」と聞くことができない。

 同じ理由で、フランス語での会話に割って入る、ということがも難しかった。皆、英語で話しかければ英語で答えてくれるが、元々フランス語で場が出来上がっている場合、話の流れが見えないので、途中から会話に参加するタイミングが掴めないのだ。加えて、私の英語も堪能というレベルではないため、萎縮してしまい、複数人でいれば、殆ど口を開く機会なく、微笑んでいるだけだった。今にして思えばなかなか過酷である。しかしそれが、フランスにおける私の日常だった。皆に悪気はないのだが、私自身は、いつも仲間外れにされているような疎外感を感じていた。ともあれ、フランス語が分からない限り、そんな状況は受け入れざるを得ない。

 さて、ビールの話に戻ろう。フランスはビールがとても安く飲める。いつでも2ユーロちょっと払えば、バーでおいしいビールを飲ませてもらえる。一仕事終えて、地中海からの潮風に吹かれながら、まだ明るい日の下で飲むビールはまたなんともおいしかった。気分爽快である。しかも一仕事、というのが研究のための調査クルーズなのだ。同じテーブルには、一線で活躍している研究者。この状況、「クール」の一言に尽きる。その中に私なんかがちょこっと混ざらせてもらっていていいのだろうか、と思うほどのクールさだった。

 ビールで談笑しているうちに、(とは言っても、私は殆ど会話の内容は分からないのが勿体無いのだが)今日の太陽が最後の金色を放ちながら水平線へ降りていった。そのときの空の色! なんと光るパステルカラーなのである。筋のような細い雲が、青色やピンク色で光っているのだ。日本では絶対に見たことの無い、冗談みたいなかわいらしい色だった。土地には、その土地の色があるんだなぁ。私の知らない景色、私の知らない色が、世界中に沢山あるんだろうなぁ。そんなことを思った経験だった。

 ビールの話のついで言っておくと、このクルーズで、私は、本気でフランス語を習得する必要性を感じ、また、覚悟も決めた。フランス語が分からないままでは、せっかく今回のような貴重な勉強の場においても、得られる情報は限られてしまうのである。それは勿体ないことだと思った。今回のクルーズで気付くまでもなく、研究所でも、日々、ランチを食べながら、コーヒーを飲みながら、色んな研究の話が繰り広げられているかも知れない、それを殆ど取り逃がしていることにも、気付いていた。それに、ずっと私専用に誰かに英語で訳してもらわなければならない状況にも気が引けていた。


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