HAYATO NY物語14

前話: HAYATONY物語13

父親から勘当され実家の跡取りの話もなくなった。



さあこれからどうやって人生を歩むべきか考えていた。


彼女に相談したらこんなことを言われた。


「別にあなたが有名なシンガーソングライターにならなくてもいい。ただまじめに仕事をしてくれればそれでいい」と彼女からの言葉に僕もこのままフリーターを続ける事は止め就職しようと決意するのであった。


就職雑誌を購入し高卒でも働ける会社を探してみた。


音楽以外で生きて行くことを考えた事がない僕には就活は未知の世界であった。


就職求人誌にはありとあらゆる会社が掲載されていた。


その当時、京王線の代田橋の駅近くのアパートから彼女と同棲する為に、彼女の職場にも近くで都内にもアクセスがいい大泉学園の風呂付のアパートに引っ越した事もあり


通勤にも西武池袋線で行ける池袋あたりで高卒でも一番お給料支給の高い会社を探してスーツを着て面接に行った。


何の会社かも知らないで営業職、高収入の文字に惹かれ面接に行ったら即採用された。


就職とは何て簡単だと思った。


高校生の時、同級生が就活で騒いでいたので大変だと考えていたが以外にあっさり採用され


お給料も高卒にしてはその当時で月給25万円は悪くなかった。


そして初出社の日が来た。


始めてスーツを着てネクタイを締めて会社で働くサラリーマン姿に少し緊張はしたが遂に人生初の正社員の社会人デビューであった。ヘアスタイルだけはミュージシャン系のままだった。


初出社の日に会社についたら一冊の本を上司からこれ読んで勉強してねと渡された。


「商品相場」の本だった。まずはこれを読んで先物商品引とはどんなものか?


僕が入社した会社は商品先物取引の投資会社であった。


続に言う「豆屋」と呼ばれ大豆、米、トウモロコシ、金、銀、銅、鉄etc…


先物取引で商品相場の上下を生かし先物証券で売買しその利ザヤで投資家からお金を集めその売り買いでお金を稼ぐ会社であった。


株を売買するのが証券会社、先物商品の取引をするのが先物商品取引金融会社である。


少し先物商品取引の事を簡単に説明すると商品原材料は基本最終的には現物取引で行われるが世界中の商社などは商品市場に大豆やトウモロコシなどの来年の注文を出す。


来年の出荷が決まっていないのに先に注文を先物証券で契約を結ぶのである。


収穫が終わり現物取引が行われるまでの間の期間、売買されるので先物取引といわれる。


テレビのニュースでもよく放送されるように野菜や豆などの商品原材料は気候や災害などによってその収穫量によって値段が変動する。


商品が少なければ値段は上がる多ければ値段が下がるのが市場の原理だ。


最終的に収穫され現物取引が行われるまでの間に先物証券があらゆる条件の変化によって値段が上下するのである。


この差額で利ザヤを稼ぐのが先物取引と言われる取引だ。


株式の取引では一般的には現物取引をするからまずは株を買うことから始まり値段が上がった時に売却しその利益を得る。


どんな現物商売も基本は同じで仕入れたものをより高く売却して利益を獲ます。


しかし先物取引は買う事も売る事からも始める事が出来るのです。


取り扱うものが現物ではなく先物証券なので保証金を払いその先物証券を借りる事で


手形を売りから入ることが出来るのです。株ではこの取引を信用取引といいます。


商品取引では保証金の10―100倍以上の取引をすることが可能です。


株だと一般的な個人投資家が売り買いできるのは保証金の一般的には3倍程度です。


このように現物取引でない予約取引の事を全て先物取引と呼びます。


先物取引の話はこれぐらいにして入社してまずは先物商品取引の知識を先輩たちから指導された後、僕は営業で入社したので初めにする仕事は電話での顧客開拓であった。


先ずは電話帳を見ながら一軒一軒、電話で先物投資の説明を行い電話で興味をもっていただいた顧客にアポを取り自宅に伺い説明し契約を取るのが営業の仕事です。


契約が済んだら先物証券に投資いただきお客様にお勧めして売ったり買ったりトレードしてもらうのです。


入社してから毎日奇妙な事を会社では行われていた事がありました。


営業マンが顧客に売買を進める為に電話をすると、電話の近くにみんなが集まり然も立ち合いが行われているかのようにみんが一斉に「買い買い買い。。。とか売り売り売り」とか叫ぶのです。


営業担当者は顧客に「大変です。今マーケットが暴投又は暴落しています」と伝え顧客に売買を促し保証金の追加入金をさせるように営業するのです。


営業の契約が決まるたびに社内のみんなは歓喜に沸いていました。


僕も訳も分からないままこの掛け合いに参加し毎日興奮していました。


半分はいい大人たちがここまで契約を取る為に市場にいるように顧客に演出する姿は僕の目には滑稽に映っていた。


初任給、入社して締日の関係もあり一カ月半が経ち初のお給料が支払われるお給料日が来た。


しかし無情にも初任給は支払いされなかった。


部長から全社員に今、お給料支払いや会社の資金繰りの為に社長は銀行と交渉しているところなので必ず支払うので1か月お給料を待ってほしいと全員に告げられた。


僕はまだ19歳で社会の仕組みもあまり理解していない時で社会人になって初めての会社で資金繰りの話をされ会社って大変な時もあるのだと初めは思っていた。


そして約束の1か月が過ぎ2カ月目のお給料日の日がやって来た。


会社に出社するとみんなが青ざめた顔してざわついていた。


ある先輩社員から告げられた言葉は「社長が疾走し、いなくなった」


そしてある幹部社員から無情にもいろんな社内事情が話された。


実はこの会社は詐欺会社で実際に顧客の先物商品取引などは行われず、会社が顧客から集めたお金を自社で社長や幹部社員が相場を張って結果、大損を出したらしい。


その結果お給料も払えず資金集めにも失敗し社員をも騙していたのである。


そして社長は夜逃げである。


僕の社会人第一歩の初就職は何とも無残にも打ち砕かれた。


彼女に「まじめに働いてくれればそれでいい」の言葉がむなしく社会とはまじめに自分が働いても


社長がダメだとみんなが路頭に迷うこともあるのだと苦い体験をした。


僕にとってせめてもの幸いは営業マンとして一軒も契約が取れていなかったことであった。


もし契約が取れていたら自分の顧客に大損をさせ人間としての僕の信用を失うところだった。


その後、残された社員でどうするかと言う話になり、同業他社へ移籍する誘いもあった。


その他にはその後、一大社会事件にもなった。大詐偽会社の豊田商事にも誘われたが僕は何もかもこの業界が信用できなくなっていた。


正確には2カ月半お給料が支払われなかった為に僕の生活は窮地にいたった。


彼女と折半して借りたアパートの家賃も払えず生活費もなく全てお金は彼女が負担してくれた。


勘当されているので親にも頼ることが出来なかった。


高校を出て東京に出る時、田舎の大人達は良く口にして言っていたことが「都会には悪い人達がたくさんいる。人をだます人がたくさんいると都会は怖いところだと」


正にその通りだ。本当に人を騙す人間がいるのだとかなりショックを受けた


子供の頃スーツを着て仕事しているサラリーマンはみんな立派な人達だと考えていたが全くそんな事はない。学歴や身なりこそ良くなくてもきちんとまじめに働いている人達はたくさんいる。


人に金銭的に裏切られるのは人生で2度目だった。


高校生の頃に一度、バンドを組んでいた親友と呼べるメンバー友達に裏切られて嫌な思いをしたことがあった。


自分の身近な友達や仲間に裏切られる事の方が金銭の大小より精神的にはつらかったと思う


とにかく早く新しい仕事を見つけなければお金がないし生活が出来ない。


再度就活し、高給の取れる仕事を探した。


次に選んだ職業はマンション販売の不動産会社の販売営業だ。#hayatony物語



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