感謝状

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木枯らしが吹き、街路樹の銀杏の葉もほぼ路面に落ちた。枝と枝の隙間からは灰色がかった雲がはっきり見える。そんな頃だった。

「幸、先に駐車場へ行って車にエンジンかけとくわ。」

マンションの家の扉を開きまだ準備をしている幸に声をかけた。

岩見義則がエレベーターを待っていると同じ階に住む国立病院の医師、板垣静江が声をかけた。

「岩見さんおはようございます。岩見さん、確か美容師さんでしたよね?

4丁目の小学校の近くにある。」

何かを伝えようと義則のことを待っていた様子だった。その声はいささか熱を帯びているようだった。

「板垣先生おはようございます。はい、そうです。デルニエという美容室を経営しています。」

「あなたのお店のお客様に渡会真弓さんという方がいらっしゃったでしょ。

昨日、私の病院でお亡くなりになったの」

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デルニエは岩見義則が地元の奈良県に29歳で建てた初めての美容室。

ここにたどり着くまでには東京で修行し、パリを中心としたヨーロッパなどにも留学した。手先はお世辞にも器用とはいえなかったが持ち前の明るさや人当たりのよさ、そして何より昼夜を問わず励んだトレーニングの積み重ねによって義則を指名する客は次第に増えていった。そして20代で自分の店を持つという美容師を志した19歳の頃の夢を叶えたのだ。

本来、義則は美容師としては2代目で親の店を継げばもっと楽にオーナーになることもできたし、沢山のスタッフに囲まれて気楽に美容師としての生活を送れるはずだった。

だが、子供の頃から社長の息子としてもてはやされてきた自分が何十年間という間、親の店を支えてくれた先輩美容師達の上に立つことをイメージできなかった。

デルニエは妻の幸と2年前からアシスタントとして働いてくれている葉山薫の3人で営業している。

最寄りの近鉄新大宮駅から徒歩10分と立地はけしてよくないが開店してから10年が経つこのころでも店は連日忙しく、3人でフル回転して客をこなしていた。

義則にいたっては週に一度の休みもその半分が美容技術講習会で他店の美容師を指導する講師の仕事が入る。いわゆる売れっ子の美容師になっていた。

 

渡会真弓は数年来の義則の客で、年が同じということもあり気心が知れた馴染みの客だった。

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