キセキ

1 / 4 ページ

 「先輩、少し資料探しに出て来てもいいですか?煮詰まっちゃって…図書館と本屋あたり見てきたいんですけど…。」

 女は隣のデスクの二年先輩の女上司へそう告げた。

 「いいよー。少し休憩した方がいいしね。」

 そう言って先輩は片目を瞑って見せた。

 「ハハハ…スミマセン…でも、煮詰まってるのは本当ですよ!」

 コートを羽織ってロッカーからバックを取り出すと女は足早に会社を出た。

 会社が全面禁煙になってから、確かに仕事の効率は上がったかも知れないが…どうもコーヒーを飲んだだけでは気分転換にならないと思うことも多い。

 女は会社のビルのすぐ隣の百貨店内にある本屋をブラブラと一周し資料になりそうな雑誌を数冊と以前から気になっていた小説を一冊手に取り

「これくらい構わないよね!」

そう言って舌を出すとレジへ向かった

「領収書、お願いします」

 女はその足でエレベーターの前に立ち『上がる』ボタンを押した。いつものようにその百貨店の屋上に行くつもりだった。

 屋上へ到着しエレベーターを降りると小さなペットショップの前を通り、ガラスの扉を開けて外へ出た。

 大きな排気用のファンが回る隣のビルや、薬局の電光掲示板などに囲まれたその広い屋上スペースには、子供用のちょっとした遊具や人工芝が敷かれておりベンチも数カ所設置してある。

 女は迷わず一台の自動販売機へ向かいブラックの缶コーヒーを購入した。コーヒーを手にすぐ脇のベンチに腰を下ろすと

「フゥー…」と大きく息を漏らした後、持ってきたバックの中から黒いエナメル製のタバコケースを取り出した。

「これこれ…やっぱ休憩はこれがないとね~、先輩にはお見通しだったか…」

女はメンソール系のタバコを一本取りだしライターで火を付けると、目を細めて一口吸い込み、大げさに目を大きく開き一気に煙を吐き出した。足を組み直し辺りを見回すと、珍しい…今日は他に誰も居ないようだ。いつもなら数組の親子連れや散歩中と思われる老人夫婦がいるのだが…。

 タバコを一本吸い終わり、コーヒーをひとくちゴクリと飲み込むと再びバックを開き、先ほど経費で購入した小説を取り出しパラパラと捲りだした。

「この作家…面白いよなぁ…」

そう言いながら女がもう一本のタバコに火を付けたとき

ガチャ

とガラスの扉が開く音がした。目をやると小さな男の子を連れた母親が遊具目当てに遊びに来たようだ。女はタバコに目をやったが遊具がある場所とは少し離れているし大丈夫だろうと、気にせず吸い始めた。

 小説は最初の数行からとても引き込まれる内容だったが、なにしろ今は仕事中である。後ろ髪を引かれながらもバックに本をしまうと、半分無くなったタバコをふかしながらぼんやりと先ほどの親子を眺めていた。

 ふ~ん…ここへ来る親子連れは大抵数組のママ友?と一緒に遊びに来ているのにあの人は一人なんだな…まぁ別に…楽しそうだし、今日はたまたま一人なんだろう。

 しかし、子供の服といったら!キャラクターものだね…私がもし母親になったら、キャラものの服だけは着せないと思うよな~…よく見りゃ…お母さんもスッピンか?服装もあれじゃ…部屋着と変わらないね…。あ~ぁ~…何が楽しくてあんなに笑ってるんだろ…、子供さんもまだろくに話せてないじゃん。

 でも…なんか楽しそうだね。

 私もいつか?……。

 ナイナイ!!!あるわけ無いよなぁ~。女だてらにこんな徹夜ばっかりの仕事じゃ子供なんて無理無理~。

 女はそんな事を考えながらひとり苦笑して

「最後の一本!吸い納め!!」と言って三本目のタバコに火を付けた。

 そう言えば最近生理もごぶさただなぁ…。

 医者…行った方がいいのかな…。

 なにげなく下腹部に目を落とした後、再び先ほどの親子に目を戻し幼い男の子を見た。

 寒さでほっぺたも赤く染まり顔も丸々としていていかにも健康優良児といった感じだ。キャッキャと言って良く笑う顔はよく見ればとても可愛い顔をしている。

 女は火を付けたばかりのタバコを見ると、口をへの字に曲げて灰皿に押しつけて火を消した。そして、バックからグロスを取り出すと、タバコを吸ったせいで取れてしまった唇にたっぷりと塗り、勢いよく立ち上がるとガラスの扉へ向かった。

 すると、先ほどの親子もそろそろ帰る様子でこちらへ向かってくる。

みんなの読んで良かった!