35年間いつも側にいてくれた人と、別れたいと思った理由

次話: 35年間いつも側にいてくれた人と別れたいと思った理由【2】人生の分岐点

ヒロと出会ったのは、高校1年生の時だった。

高校といっても、昼の普通の高校ではなく、今は少なくなった、定時制高校だ。


私は、11歳で親を亡くし、小6の夏休み明けから、横浜の親戚の家に、ひきとってもらっていた。


だが、その親戚の家も、決して裕福ではなく、というか、けっこう貧乏で、私をひきとってくれた時には、4人の子供がいて、更に、伯母さんのお腹の中には、5人めが宿っていた。

その伯母は、母の姉で、母が亡くなる前にも、幼い私を連れて家を出た、妹の面倒を、みてくれたりしていたので、気心は知れていた。


ちなみに、私の父親は、伯母の旦那様の弟だった。

ようするに、兄は姉と、弟は妹と結婚していたので、伯父にとっても、伯母にとっても、私は純粋に、姪っ子という訳だった。

なので、居候させてもらっている間、ほぼ実の子供と分け隔てなく、接してもらっていたと思う。

自分が、産まれた時から一緒に育った、一番下の男の子は、当然、私を実の姉だと思っていただろう。

だが、現実的には、6人の子供を養う余裕など、全くない家だったので、義務教育の中学校を卒業した後は、自立するように、促された。


早生まれなので、3月にやっと15歳になったばかりの私は、当然の如く、就職をして、本来ならば、高卒以上で、地方から出てくる人達を受け容れる寮に、特例として、入れてもらった。


そうして、昼間は16:30迄仕事をして、17:20からは、夜学の高校生として、授業を受けていた。


ヒロは、私より2才年上だった。

だが、クラスは同じだ。

私は、現役でそのまま、定時制高校に進んだが、ヒロは最初、普通の昼の高校に進学していた。

だが、自分のやりたい事の為に、中退して、2年後、改めて、夜学に入学してきたのだった。


当時は、そんな事も、全然珍しくなかった。というか、現役で夜学に通ってる方が、少数派だった。

しかも、私のクラスの同級生は、最年長が34歳の女性だった。


入学当初、ヒロの存在は、全く気にしていなかった。

当時、女性で夜学に進む人は、少なかったので、私は、女子のクラス委員をやらされていた。

男子のクラス委員長は、20歳のイケメンだった。


1年生も、もう半分以上過ぎた頃、クラス委員長から、

「こいつは、いい奴だよ。」

と、紹介されたのが、ヒロだった。


正直、ヒロは、前半あまり登校しておらず、それで、私の記憶にも影が薄かった。

しかし、2年生に進級する為には、後半全て出席しないと、もう後がない状態だった。

それで、登校して来たところ、委員長に捕まって、私に紹介されたのだった。


15歳当時の私は、人生で一番太っている時期で、顔はまん丸で、太ももやふくらはぎは、パンパンで、はちきれそうだった。


そんな、見てくれの私だったけど、委員長に紹介された日から、何故か二人の距離は、急速に縮まり、いつしか付き合い始めていた。


二人が、彼氏と彼女という関係になってからは、ヒロは毎晩、学校帰りに同じバスに乗り、私の寮の前まで、きっちり送り届けてくれた。


それは、休みの日でも同様で、私が女友達と遊びに出かけた日でも、ヒロ本人が、具合が悪くて学校を休んだ日でも、1年365日のうち、363日位は、毎日、ヒロが送ってくれていた。


私に会いたい理由ができたおかげか、1年から2年に進級するのは、何とかできたけど、2年生から3年生に進級する時に、ヒロはダブってしまい、結局、私が先に4年生を終えて、卒業するまで、ずーっと、毎晩、バスの中で、ヒロの肩をかりて、うたた寝しながら、寮へ送り届けてもらっていた。


私は、寮に入った時から、夜学を卒業したら、絶対、一人暮らしを始めたいと思っていた。


夜学は、全日制と違って、4年間通わなくてはいけない。

そして、寮ではずーっと、ツライ思いもしてきた。

なので、会社と学校の掛け持ち生活の、4年間は、すごく長かった。


職場でも、学校でも、寮でも、1年目は、特につらかった。

当然、1番下っ端だから、仕方ない。


お盆休みやら、お正月休みやら、長い休みごとに、

「実家には、いつ帰るの?」

と、あたり前のように聞かれるのが、嫌だった。


最初こそ、伯母の家に、泊まりに行ったりもしたが、半年もすると、そこに、もう私の居場所など無いと、感じていた。


だから、

「実家は山形で、夜学を卒業する迄は、帰らないと約束して来た。」と、言い訳して、私以外の人間が、全て帰省して、静まりかえった寮内で、一人過ごしていた。


寮生活だけをみれば、2年目、3年目は、もっとツラかった。


毎年、新しい寮生が入ってくるのだが、基本、高卒以上の受け入れなので、後から入ってくる人間は、皆、自分たちが、一番年下だと思っている。なので、最初の頃こそ、私を先輩として、扱うのだが、実際は、私が中卒で、ここに入ったと知ると、

「な〜んだ、年下かよっ!

 変だと、思ったんだよね〜。」

と、言って、露骨に態度が変わる。

それが、ひどくバカにされている様で、嫌だった。


職場でも、寮でも、4年目でやっと、その年の新入生と、同等になっただけだ。


そんな生活だったので、高校卒業と同時に、私は、一人暮らしを始めた。


木造の安アパートで、間取りは六畳と三畳、キッチンと和式トイレで、32000円の家賃。

お風呂は付いてなかったけど、近くに銭湯があった。


心配性のヒロは、私がアパートに引越してから、半月もすると、ほぼ半同棲状態になっていた。


私は、仕事も変えて、夜はもう、学校に通わなくてもよくなったので、ヒロと二人分の夕食を作って、食べて10時過ぎ頃になると、すぐ近くの、薪を焚いてお風呂を沸かしてくれる、昔ながらの銭湯に、足を運んでいた。


まるで、『神田川』のようだった。

しかし、待たされたのは、私ではなく、ヒロの方が多かったけど…。


こんな、ままごと夫婦のような時間が流れ、15歳と17歳で出会った私達は、お互い、他の異性をほとんど知らない状態で、自分たち二人の世界で、8〜9年付き合っていた。


その長い年月の中では、何回か

お互いもっと違う世界に目を向けて、社会を広げた方が良いのでは?

と、いう疑問にぶち当たり、2〜3回別れて、くっついてを、繰り返した事もあった。


ヒロは、どちらかというと童顔で、爽やかイケメンの部類だったので、本来、すごくモテたと思う。

何で、私を選んだかは、今だ謎だ。

スッキリと身体がしぼれていた頃は、織田裕二に似ていた。

しかも、テニスコーチだったので、生徒さんにも、すごく人気があった。


私は、ヒロと付き合い始めて、10kg痩せたので、当時は、手塚里美に似ていると、いわれた事もあった。


二人共、

「じゃあ、一度別れてみよう。」

と、いった時には、すぐ他の人から声がかかり、ちょっと、付き合ってみたりもした。

でも、結局二人は、もとの鞘に収まるのだった。


私はもともと、小さい頃の家庭環境が良くなかったので、自分は、結婚にむかない人間だと、自覚していて、結婚願望もなかったのだが、もし、結婚するのなら、ヒロしかいないだろうと、思っていた。


ヒロはヒロで、何だかんだ言っても、こいつ(私)には、自分しかいないと思っていて、手放しても、絶対こいつは、自分の所に戻ってくるだろう、という自信があったらしい。


ただ、私には、決定的に二人で生活しても、キツイだろうなと、思うことがあって、それは、もう10代の頃には気付いていた。

ただ、それをヒロにぶつけるのは怖くて、気付かないフリをしていた。


私と、ヒロとの関係は、恋人ではあったが、ある意味、父と娘のようだとも、思えた。


私は、付き合い始めて、まだ半年位の時に、自分の忘れてしまいたい、惨めな過去の話を、ヒロに打ち明けていた。

ヒロは、全てを聞き、とりあえず、ありのままの私を、受けとめてくれた。


10代の私は、コンプレックスの塊だった。


幼いうちに、両親を無くし、その後、お世話になった伯母の家でも、居候の身で、ツライ事は、たくさんあった。


伯父、伯母は、自分たちの子供と、ほとんど分け隔てなく、育ててはくれたけど、その環境は、ローティーンの私には、肩身が狭く、つらいものだった。

養子になった訳ではなかったので、学校に提出する連絡先も、○○方△△ようこだったので、クラスメイトには、よく変な推察をされていた。

卒業アルバムの住所欄にも、そのまま載っているので、それを思い出すと、今でも胸がザワつく。

その後、私の住所は、寮の住所になり、19歳を迎えてから、高校卒業後、寮を出たので、私のもとには、成人式の知らせも、同窓会の知らせも、ただの一度も、届いた事は無い。


私は、人と繋がるのが怖かった。

親の愛情も、あまり知らないし、しっかりとした躾を受けた記憶もない。ものすごく、中途半端な人間のようで、自分は、いわゆる【普通】じゃない、と感じていた。


でも、「親がいないから、アイツは駄目なんだ!」とは、言われたくなくて、精一杯、肩ひじを張って生きていた。

学校では、優等生でいたし、職場では、真面目で、できる人間を装っていた。


そんな私は、ヒロに

「お前、こういう時は、○○するもんだよ!普通は。」

と、言われるのがツラかった。

そして、ヒロは、よく私に、

『普通は○○だ』

という、お説教をしてくれた。


最初のうちは、ちゃんとわかっていた。

この人は、私の為に【普通】を教えてくれているんだということ。


でも、私は段々、それがツラくなってきた。

ヒロが言う事は最もで、いつも、どんな時でも、ヒロは正しい。

何故なら、私は【普通】じゃないから。

きっと、普通の家庭で、両親の愛情を受けて育ってきたヒロは、普通を知っている。

そう思うと、私は、ヒロの言う通りに、行動するしかなかった。


私は自分が、今更ヒロに、常識を教わっている幼子のようだと感じた。

ヒロは、愛情を持って、私に色んな【普通】を教える。

だから、ヒロは父親で、私はできの悪い娘の様な、そんな感じだった。


それから、20歳を過ぎて、多少社会との関わりが増えて、色んな事を知り、全て、ヒロの【普通】が社会の(常識)ではない、とわかるようになっても、それまで何年か、やりとりしてきた環境のせいで、私は、自分の方が正しいと思っても、ヒロに意見する事はできなかった。

娘は、黙って父親の言う事をきいていたのだ。


そして、反抗期はやってくるのだが…。




続きのストーリーはこちら!

35年間いつも側にいてくれた人と別れたいと思った理由【2】人生の分岐点

著者のInoue Yokoさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。