「5本の指」

“また始まったよ”うんざりしながら弟を見ると、やはり同じ気持ちなのだろう、その思いを表情に出しつつ私と目が合い、さらに2人して母と姉に視線を移すと、やはり同様の思いが態度から伝わってくる。そんなことは無視するように、親父の泣き言は止まらない。「血のつながった兄弟だろ!それを何で母親は俺だけ違う家に出したんだよ!自分のお腹を痛めて産んだ同じ子供じゃないか!」。見ると、親父の目には涙がうっすら滲んでいる。「もう忘れた方がいいよ」私がそう言おうもんなら、「絶対忘れないぞ!」と真剣な目で言い返してくる。今年85歳になる親父に、1年前小さな癌らしきものが前立腺に見つかり、とりあえず投薬で様子を見るという医師の方針により、その治療薬を注射する為、毎月1度お袋と一緒に大きな病院へ通っている。そのおかげで癌は深刻なことにならないレベルまで縮小したようだが、この日は、子供達にも現状を知っておいてもらった方がいいだろうという医師の考えで、姉と私と弟の子供3人も一緒に病院に呼ばれ説明を受けた。とりあえずは薬が効き癌の拡大は抑えられているので、しばらくこの方法で対処していくとのこと。それをお聞きし、母と共に私達子供3人も安心した。そして診察が終わると、もう皆50歳を過ぎている私達子供3人は、現在実父母2人だけで住む埼玉の実家からは独立しあちこちに住んでいる為、こうして銘々の伴侶や子供達抜きで、純粋に昔の私達家族5人だけで会うことなんて滅多にあるものではないので、食事をしようということになった。それで病院近くのファミレスに入り、親父と私と弟はすぐにビールとつまみを、母と姉もそれぞれ飲み物と食事を注文した。本当に久しぶりに集まったので、昔のことやそれぞれの子供達の話題で大いに盛り上がっていたのだが、ほろ酔いになった親父が、突然前述の話を始めてしまったのだ。栃木県生まれの親父は男兄弟5人の4番目で、他に姉が一人いる。それで親父の説明によると、兄弟皆がまだ幼い頃、実母の兄に子供ができないことがわかった為、“誰か一人くれないか”という話が実母にあったそうだ。普通に考えればいくら兄の要望だろうが、実母とすれば即座に断るところだと私も思うが、詳しい経緯はわからないものの、その申し入れを承諾してしまい、しかも、もらわれていく子供は親父に決まってしまったらしい。ほどなくして親父は実家から実母の兄の家へ強制的に連れていかれてしまったとのこと。それが幾つ位のことかは親父も詳しく覚えていないそうだが、微かに記憶があるということは、4~5歳のことかもしれない。

ただ、当たり前のことだが、その時の親父のショックは相当なものだったろう。昨日まで一緒に生活し共に遊んだ兄弟達から引き離され、見知らぬ街の、実母の兄とはいえ、よく知らぬ人の家へ問答無用で連れていかれ、今日からこの家の子供だと言われる。実母が健在しているのに、である。しかも兄弟の内、他に何人か一緒ならまだ救いがあったかもしれないが、男兄弟5人の中の自分だけ、というのがより親父の心を傷つけただろう。確かにこの話を聞く限り、同情を禁じ得ない。その後も、もらわれっ子ということで、なにかにつけ遠慮しながら生きてきたらしい。例えば、小学生の頃には、友達皆が村に来たサーカスを見に行くことになったが、“入場料をくれ”とは、実母の兄夫婦に遠慮して言えず、翌日、学校中がその話で盛り上がっているのに、自分だけ輪に入れなかった。あるいは、その後、東京の大学へ進学したが、実母の兄は農業を営んでいたので、田植えや刈り取りの度に人手不足から一人息子ということで手伝いをするよう泊りがけで呼び戻され、そうなるとどうしても断り切れない為、友人と遊ぶ機会があまりなかった。さらに大学卒業後も、そのまま東京で地方公務員として働き始めたが、法事で実家の兄弟達に会っても、彼らから見たら、血が繋がっているにも関わらず、違う家の人ということで、向こうだけで固まりよそよそしい態度をとる為、親父も挨拶程度でそれ以上の話はしなかった、というかできなかったようだ。もう親父以外の男兄弟は皆天に召されているが、その時味わう孤独感はずっと引きずっていたようである。それでも普通ならこれらを言い訳にし、愚れた人生を歩んでしまいそうだが、大学まで卒業し地方公務員としてきちんと生きてきたことは息子として誇りに思う。やがてお袋の実家の前に嫁いだ姉の紹介でお袋と知り合い結婚したが、酒が入ると必ずこの話をしたそうである。私達子供も、まだ実家で生活している頃、あるいは家を離れた後、実家にいく度この話を聞かされた。もちろん65歳の定年まで一生懸命働き、私達家族を養ってくれたことは心底感謝しているが、退職後、悠悠自適の年金生活ながらも、誰かが訪ねてきてお酒が入ると、またぞろこの話を始めてしまったそうで、弟のお嫁さんも実家を訪れての帰りの車の中で必ず、“お義父さん、今日もあの話してたね”と嘆息をついていたそうである。そしてまた久しぶりに皆で会ったこの日も、である。さすがにお袋が途中で「お父さん、もうやめときなよ」と何度かたしなめるが、「誰にも俺の気持ちなんかわからないよ!親に見捨てられ、兄弟から引き離された俺の気持ちなんかな!どんなに肩身が狭かったか!随分大きくなってからお袋に直接言ったことがあったよ。“兄弟は言うなれば手の5本の指だろ!指を1本切り取って捨てることができるか!できないだろ!それをあんたはやったんだよ!”お袋はただ黙って聞いてるだけだったけどね」これを言われると周りの人間は何も言えなくなる。まさしくその通りだからである。それでも普通は、もう80年近く前の出来事に対して、ましてや現在は幸せな家庭を気付き、子供や孫達に恵まれ何不自由なく暮らしているのだから、忘れてしまいそうなものだと思うが、それとこれとは別なようで、心の奥底に沈殿している遠い過去の恨みと傷が、酒の影響で脳裏に浮かびあがってくるらしい。涙を浮かべながら、絶叫に近い声で実母を非難する姿には、父親としての威厳は微塵も感じられず、幼い子供が母親に駄々をこねているような姿に思えてくる。こちらも50歳を超え、幾分なりとも人生経験を重ねてきたので、その態度を受け入れる心の余裕みたいなものが出来、強く責める気にはとてもならず、むしろ哀れにさえ感じてしまう。それでもいつものことだが、一通りの泣き言を言った後は、すっきりするのだろうか、また普段の親父に戻り、うまそうに焼酎をちびちびやっている。そこでお袋と私達子供3人でまたあれこれ世間話で盛り上がり、やがてその日はお開きとなった・・・。

それから半年後、親父の経過状況を聞く為、遠くに転勤してしまった弟を除く、私と姉とお親父とお袋の4人で再び病院を訪れ、その帰りに軽くお茶している時母親が言った。「この前、栃木の私の実家に行った時、挨拶をしておこうと、お父さんと2人で家の前の義姉さんの家へ行ったの。そこでお父さんが、義姉さんにまたもや昔の例の話を始めてしまったんだけど、義姉さんは、弟がいまだにあんなに幼い時のことをひきづっていることを知り驚くとともに、よく考えると、これまできちんと話す機会がなかったと言いながら、真面目にこう説明してくれたのよ。義姉さんが、随分後に実母から聞いた話によると、最初、実母の兄の所へ連れていかれるはずだったのは、まあ女の子は義姉さん一人しかいないから無理として、男5人兄弟の末っ子だったらしいのよ。やっぱりより小さい子の方が色々具合がいいものね。ところが、実母の兄は、その上のお父さんの方が末っ子より見た目が可愛かったもので、“お父さんが欲しい”ということになったらしいのね。どの子であろうが、もちろん実母も最初は断わったんだけど、どうしても子供が欲しかった実母の兄は、奥さんも連れ夫婦で何度も何度も家に来て、時には2人して泣きながら土下座までして頼んだそうよ。そこまで実の兄夫婦にされたら、実母としては、自分の子供もそりゃかわいいに決まっているけど、お兄さん夫婦にも情が移ったんでしょうね。兄と子供のどちらをとるかの選択で悩み、胸は引きちぎられる思いだったでしょうが、泣く泣く承諾したんだって。実母はお父さんがもらわれていく前の日には一睡もできず、朝まで布団の中で泣き続けていたそうよ。だからお父さんが考えているように、あっさり承諾したわけでは決してないそうよ。それからもう一つ。お父さんは、他の実家の兄弟達が皆一緒でうらやましく思っていたらしいけど、実家の兄弟達は、逆にお父さんをうらやましく思っていたんだって。なぜかというと、お父さんが連れていかれた実母の兄の家は地元でも評判のお金持ちだったし、子供はお父さん一人なので、欲しい物はなんでも買ってもらえるし、あまり裕福でない実家と比べて、いい生活ができてうらやましかったらしいよ。できれば自分があっちの家に行きたかったと兄弟達は皆言ってたんだって。

その話を聞いてお父さんは、特に実母の涙には感じ入るものがあったんでしょうね、約80年間胸に塊っていたこだわりがすーっとなくなり、つきものが落ちたように、それからは、たとえ酒が入っても一切例の話をしなくなったのよ。それである日、しみじみ言うのよ。

“俺は80年近く、自分を見捨てた母親を恨み続けてたけど、人を許すとこんなにも楽になるんだな。あとどの位生きられるかわからないけど、その後、天国で実母や、先に行っている他の4人の兄弟達に会ったら、今度こそ皆と一緒に暮らさせてもらい、欠けた指を再び継ぎ合わせてもらうよ。よく考えると、多少の遠慮はあったにせよ、食い物も兄弟で取り合うこともなく俺一人で好きな物を好きなだけ食えたし、いい服も着せてもらえたし、実家がさほど裕福ではない上に子供達も多いから、時にはしんどい思いもしたかもしれないと考えると、実は俺が一番幸せだったのかもしれないな。今まで幾度も遥か昔の話を持ち出し泣き言で迷惑かけて本当に申し訳なかったな。これからは一切言わないと約束するよ”

こんなこと言うもんだから私びっくりしちゃったけど、とにかくお父さんの幾星霜の怨念が解決されて本当によかったわ」

頷きながら聞いていた親父は、少し照れたような微笑みを浮かべている。穏やかに優しく語ったであろう義姉の一言一言の真実が温かいぬくもりとなって、凍りついていた親父の恨みの塊を少しずつ解かしたようである。私と姉もこの話を聞き、“約束”が今後守られることを願いながらも、とにかく生きている間に氷解して良かったと顔を見合わせつつ心底安堵した。もちろん、まだまだ元気でいて欲しいが、もし、〈その日〉がやってきてしまった時、そんな重い恨みの塊を抱えたまま天に昇るのは疲れて辛すぎるだろうから。

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