【第2章】ドリカフェ【冬の日の就活と3.11から】

前編: 【第2章】ドリカフェ【再び学部生指導】
後編: 【第2章】ドリカフェ【不敗神話の面接同行】

(参考画像)

エントリーシートで聴かれるコト

季節は2011年の冬


改めて当時のメールを見てみますと


連日、添削しています。


また、添削だけでなく個別の指導も


喫茶店や時に居酒屋で


「あと20文字足りません。どうしましょ?」


「うまくまとまらないです」


という泣き言


いや、通過儀礼だとおもいます


今は、企業で活躍している方も


そんなメールを残していたりします。


それが、あればこそ・・・


今があるのかなと思います。

OB訪問でのお礼状


昨日は、ありがとうございました。


貴重なお話をお伺いして・・・是非一緒に働きたいと・・・


良くありがちなお礼状


日付を見ると・・・

2011.3.8


改めてコレを書いていて


凄い時期に、指導していたんだなと感じた。

3.11 私は


京浜東北線で、帰宅付近


青学に顔を出せれば出そうと思っていた。


翌日は、博士研究発表の中間報告・・・


大した研究も成果も出していないが、


発表せねばとおもっていたの。


で・・・東日本大震災により


関東も強烈な地震に見舞われた。


私は、取り急ぎつながった梅ちゃんに連絡が取れ


二番弟子の高橋君が送るということになった。


そのうち携帯が繋がらない様になり、


携帯からのネットは動くため、twitterで


一番弟子や関西の方にイロイロ教えてもらいながら


帰るルートを探索していた。


気づけば、被災から14時間


東京都から自宅まで帰り着いた。


大震災が、甚大な被害を与えたのに気が付くのは


自宅に帰ってから


すぐさま、再び自宅から


会社のある千葉まで走り出した

3.12 その日も晴れでした

6時間かけて到着


散乱した什器


オフィスの中は、グチャグチャになっており


本棚は、倒れ散乱していたの


整理をしたり


掃除をしたり


合間に揺れる事務所


掃除をしたり


・・・


電気はつながっている。


でも茨城の卒業生とかには、電話が再び全くつながらなくなっていたの。


何も言えない・・・

それからすぐに


車を出して、行ける所に行って


モノもって・・・


色んなことを考えた


色んな悩みを持った


色んな無力感を感じた


そんな中で、あるセミナーが札幌で開催される。


2011年3月15日


セミナーは中止という連絡あったんだけど


取りあえず、北海道に飛んだんだ。


震災後直ぐだし。


でもそこで、北海道のあるホールの専務とお話して


王子は、北海道でも


そういう王子の講演や指導をやるべきだよ


なんて言ってもらったんだ。


それが、北海ドリーのきっかけ。


後に、北海ドリーというスキームが生まれる始まり。


2011年3月15日の話


ある学生が、

被災者復興ボランティアに行きたい

就活辞めてでも行きたいといって


全力で止めたこと


人間としてアレかもしれないが


指導者として、間違ってない選択をしたと思ってる。


感情で、動きたい気持ちが分かるからこそ・・・



続きのストーリーはこちら!

【第2章】ドリカフェ【不敗神話の面接同行】

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。