「ふ」という字を書くと、思いだすことがある。

小学三年になった春、書道教室に通うことになった。週一度、日曜の午前だったと思う。ビニール製の真新しい手提げ鞄は、用具一式を詰め込むとパンパンにふくれあがって、ずしりと重くなる。天気のいい日は囚人になったような気分で、ドブ川沿いの砂利道をのろのろ歩いていった。

 生徒は三十名くらいいただろうか。年下のちいさな子から、中学生、高校生、一人二人おとなも混じっていた。教室は、二間ある二階の襖をとっぱらった畳部屋で、細長い座卓が左右十列ほど並べられていた。その前にでんと大きな机がひとつ、こちらを向いて据えられ、男の先生がひとり寡黙に朱筆を入れていた。

 母に言われるまま無理やり習いに行かされた僕にとって、習字は楽しいものではなかった。教室はしんとして、ふざけあったり雑談したりする生徒もなく、墨のにおいが重苦しい。知っている子は誰もいないし、友達もできず、終わって家に帰れる時間だけが待ち遠しかった。

それでもしばらく通ううち、なんとか初段に昇段すると、はじめて展覧会に出品することになった。

課題は「ふじさん」か「牛乳」。そのどちらかを書かなくてはならない。

「牛乳」は二文字で楽そうだ。でも、「牛」は書けても「乳」にはどこかクセモノのにおいがする。まだ学校で習っていない漢字ということもあって、「ふじさん」のほうを選ぶことにした。でも、ふだんと違う縦長の紙を前にするだけで思うように書けなくなる。たまに納得できるものが書けても、名前を書くとなるとさらに緊張する。小さすぎたり、曲がってしまったりしてバランスが悪くなるとすべてが台無しになってしまう。

「ふじさん」のなかで最も苦手な文字が「ふ」だった。「ふ」がどうしてもうまくいかない。しかもそれは書き出しの文字なのだ。ああ、早く帰ってあそびたい。祈る気持ちで先生の前に出るたびに黙って朱を入れられてしまう。また書き直しだ。

結局、何度も朱を入れられたあげく、僕は半泣きで家に帰ってしまった。

後日、黙って先生から出品料を返された。そうして展覧会が終わっても僕は「ふじさん」を書かされた。でも、やっぱり「ふ」が書けない。間がわからない、型にならない、何度書いても筆の運びがぎこちない。じっと見ていると「ふ」はしだいに「ふ」でなくなってくるようだ。それはもう字じゃない。そこにあるのは見たこともない図形だった。

僕は書道を断念した。  

いま、普段筆を持つことはない。鉛筆さえほとんどにぎらず、もっぱらキーボードを叩いている。でも、ときたま無性に筆文字が書きたくなる。本気で書けばけっこう上手いのだ、と自分では思っている。道具もあるのだけれど、墨を磨ったり、筆を洗ったりと考えると億劫なので、筆ペンをとりだす。

「ふ」と書いてみる。

「ふ」「ふ」「ふ」……何度だってうまくゆく。美しい。なんという心地よさ。

ふと気づく。「ふ」はいま、最も好きな文字になっている。

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