自己犠牲野郎の戯言(たわごと)【其の一】

次話: 自己犠牲野郎の戯言(たわごと)【其の二・完】

楽しいことや面白いことを書く、辛い話や嫌な話も茶化して書くのが信条なのだが、今回はちょっとばかり趣向が異なりそうだ。


誰しもなかなか言えないこと、言いたくてもぐっと堪えていることがあるはず。知人や同僚レベルであれば案外それでも簡単にやり過ごせることもあるが、これが「血は水よりも濃い」血縁関係者になるとかなり厄介な場合もある。


私もその例外ではなく思うところがあってもあまり言わない。自分が一歩引けば良い。そうやって育ってきたいわゆる「自己犠牲野郎」だったからだ。もっとも言わないだけで、顔には出ていたのかもしれないが…


そんな思いを少しここに書き記してみようと思う。恥晒しのようなことを書いて、果たしてどうなるものかとも思うのだが、自身の心の一度リセットするという意味で何となく試してみたくなったのだ。


こんな阿呆なことをしていると、あの世から母に「馬鹿なこと書いているんじゃないの」と窘められるかもしれない。あの人は「なんでだ?どうしてだ?」と訳も分からず呆気に取られるかもしれない。いや、そもそも理解することができないはずだ。


ここに書いていくことすべてが客観的な視点に立った話ではない。私自身の思い込みや偏りも大いにある。はたまた勘違いもあるかもしれない。ただ長い年月を経て、そう思い込んでしまうだけの「貯蓄」が知らず知らずのうちにできあがってしまったのだ。そしてその貯蓄とやらをなかなか上手く「散財」することができないまま過ごしてきた。貯め込むだけ貯め込んでしまう性格。何とも厄介だ。




真っ先に思い出すのは私が大学生になりたての頃の話だ。会社のある人物に巧みな戦術に上手いことハメられて、あの人は家族の誰にも相談せずに唐突に辞表を叩きつけた。まぁ後々話を聞いてみれば、ガードがゆるゆるで脇が甘かったところをいとも簡単につけこまれたというだけなのだが。最近ではどこぞの市長がそんな出来事で辞職したような記憶もある。


若い頃から仕事そのものは真面目にやっていたみたいだ。そして頑張れば頑張っただけそのまま収入として転がり込んでくる何とも報われた時代。追い風に乗っていたから向かうところ敵なしの天狗になっていた部分はあったはずだ。だからそこに油断が生まれるのも仕方ない。面白くないという理由だけで足を引っ張りたがる人間があちこちにいることも否めない。


だが、本当の問題は自分勝手な勢いだけで仕事を辞めてしまったことよりも、そんな話を唐突に聞かされた母の方にあった。専業主婦だった母はなかなか賢い人だった。今の収入から逆算して将来を見込んだ生計プランもちゃんと立てていた。


だからこんな事態が唐突に起きた事で、計算は一瞬にしてすべて狂い、明日からどうしていけばと思い悩む流れになるはずだった…。だが、結果から言ってしまうと「捨てる神あれば拾う神あり」。昔からあの人をかわいがってくれてる人物がおり、次の仕事がすぐ決まったため大きな痛手にはならなかった。


しかし「辞めてきた」といきなり言われた時の母の衝撃はやはり計り知れないものがあったようだ。


頭が真っ白になってしまった母は、横断歩道の信号が赤なのか青なのかも気付かないままフラフラと歩きだし、危うく車に轢かれるところだったと私に言っていた。動悸が今でも収まらないとも言っていた。


あの人がこの話を母から聞かされたかどうかは知らない。別にいまさら知ってもらおうとも思わない。私だけが覚えていればいい。




ある時、たった一度だけだったが、眠りを覚ますような怒号が聞こえたこともある。それまで「ウチの家族は仲がいいな。喧嘩なんて無縁だな。」と信じきっていただけに、この騒動はかなり心に響いた。


話のキッカケがどういったものだったかはわからないが、あの人が何の気無しに調子に乗って発した言葉を母が窘めたのだ。その言葉を聞いた瞬間、あの人の目の色が変わったらしい。瞬間的に血が上ったかもしれない。でも母は至って冷静だった。


「あなた今私を殺そうと思ったでしょ?」


そんな一言をかまして、母はあの人を黙らせた。このやり取りを寝床で声を殺して聞いていた自分。本当に命に関わるような状況が起こりかけたら部屋から飛び出していったことだろうが、幸い悲劇は起こらずに済んだ。


だが、もしかしたらこの時に、


「あぁ、仲良く見えていても本当のところはわからない。だったら子供にこんな思いをさせるようなことは間違ってもしたくない。だったら自分に子供はいらない。」


そんな思考回路が無意識に働いてしまった可能性はある。だから今に至っても子供を欲しいと思わないのかもしれない。


あの人は時にキレやすくもあるが、本当は小心者。そこは母からもよく話を聞かされていたのでお見通しなのだ。だからあまり刺激をしたことがない。あの人が何を言おうが、どんな突飛なことを思いつこうが、私としてはやり合うよりもおとなしく黙って話を聞いている方が色々と面倒がないのだ。


仮に言い争いになったとして、万一私のリミッターが外れてしまったら正直どうなるかはわからない。殴り合いになるとかそういうことではない。おそらくあの人の自尊心をとことんまでズタズタにするような言葉を投げかけてしまうような気がするのだ。一気に散財だ。


ただ、それはあまりしたくない。というより私が何を言っても多分理解できない。あまりに性格が違いすぎて分かり合うことはできないということもあるが、根本的には私の本当の性格をよくわかっていないから、どうしてそういう発言が私から出てくるのか?となるはずなのだ。噛み合うはずがない。


程よく小出しにキレることができたらどれだけ楽だろうか。最近はSNSでボソッと呟ける時代になったから、昔に比べればだいぶマシかもしれない。でも、そんな場所でも案外本音までは出せない。上品にキレるとでも言えばよいのか(笑)




そういえば私ではなく祖父がキレたという話を母から聞かされたことがある。私が2歳の時に他界してしまったので、顔立ちは写真で覚えていてもどんな声をしていたかはわからない。わかっていることは、何を聞いてもスラスラと答えられるような秀才肌の人だったらしいということ。


そんな祖父があの人相手にキレたらしいのだ。聞いた話の記憶が曖昧なので本当にその話でキレたのかは定かではないが、私がこの世に間もなく生を受けようかという頃に、出産費用などに向けて貯めていたはずの貯金が綺麗さっぱりなくなっていたというのだ。


祖父はそれを知り「あいつをここへ呼べ。叩き切る。」ぐらいの剣幕だったとか。


貯金で思い出したが「免許を取りたいから」と言って母からお金を受け取りながら、結局免許をてにすることはなかったという話もあった。そのお金は自分の親だか兄弟が困っていてそっちに使ったというような話をしていたらしいが、真相はどんなものだかわかりはしない。


さて…これで話が終わればよいが…まだ続きそうだ…




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