フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第35話

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忍び寄る影

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている大学生の桃子は、少しずつ頭角を表し店のナンバーワンを目指していた。ところが恋心を抱いていた佐々木が突然店を辞め、店を取り仕切る立場の玲子に裏切られていたことを知った桃子は、玲子をいつか見返すことを誓う。そして、ついにナンバーワンの座を手にした桃子はオーナーの川崎に取り入り、玲子をパテオから追い出し、本当の意味でパテオの頂点に立ったのだ。




手が…


無数の手が

私の髪に腕に絡みつき  ほどけない


手という手から

憎悪、そして悲しみと怒りが込められていた


時々、爪が私の頬や腕に鋭く刺さる


この手は一体誰の手何だろう

もがきながらも

半ば抵抗を諦めかけていた


顔をわずかに傾けたその時


それが少しだけ視界に入ってきた


薄汚れた灰色のその手は

どこにそんな力があるのか不思議なくらい



意外なほど、細く  しなやかだった





私はハッとなって上体を起こした。

部屋の中は、カーテンその隙間から溢れる陽の光で十分に明るい。


また あの夢か…

久しぶりに見た


私が髪をかきあげ、しばし呆然としていると


半分開いていた寝室のドアから

川崎が顔を出した。

派手な、えんじ色のスーツを着てネクタイを締めている。



「おう、起きたか。大丈夫かお前、うなされてたぞ。

  なんか嫌な夢でも見たか?」


「うん。嫌な夢…たまに見る」


「ふん、どんな夢だ?」


「思い出すと怖いから言いません」


それに言葉でうまく説明できない。

すでに頭の中から夢の記憶は薄れていた。


「もう、出かけるんですか?」


「ああ、新店舗の打ち合わせだ。

あの店長任せじゃロクなことにならねえからな」


「昨日遅かったのに」


「不思議なもんだよなあ。歳とったせいか

遅く寝たのによ、朝どうしても目が冴えちまう」


私はプッと笑って川崎を見た。


「まだそんな歳じゃないでしょ」


まあな、川崎も笑った。

私は彼の実年齢を知っているわけではない。

50歳手前くらいだろうか。


考えて見たら、生き別れの父と同じ歳くらいの男なのだ。


そんな男と自分が半同棲状態だなんて、おかしなもんだ。

私が起き上がりドレッサーの前に座り、ブラシを手に取った。



「あ、そうだ。杏」


少し低いトーンの声に私は振り返った。


「お前、セイラのこと辞めさせたって?あと

他の3人も。佐野から聞いたぞ」


川崎の顔は経営者の顔に変わっていた。

決して機嫌のいい顔じゃない。

   

「仕方なかったんです。実は前から思ってたんだけど

  彼女たちって下品すぎる。立ち振る舞いから言葉使いまで。

  わざとパンツ見せたり、ガハハって笑い声もそう。

  おまけにネイルは魔女みたいにゴテゴテだし。パテオの評判

  落としかねない存在だったから」


知らず知らず、早口になっていた。

川崎の視線は冷静に私に注がれていた。

経営の鬼には私の心は全部読まれているだろう。


「ま、人を選ぶってのは大事なことだけどよ。

あいつらだって指名客いたろ?後先考えてやれよ。

数足りなかったら元も子もないねーんだからな」


「分かってます。今日、早速3人の面接入れました。

   あんなコたちの代わり、すぐに見つけますから」


「ま、そこはお前に任せるけど。お前は経営者じゃねんだから。

知識も何もないだろ。その点は佐野の意見も聞けよ、ちゃんと」


「はい」


誰が、あんな男の指示なんか…

内心思いながら、川崎を玄関先まで見送った。



部屋の戻って服を脱ぎ捨て

ジャグジーに浸かった。

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