姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<2章>

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前編: 姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<1章>
後編: 姉として妹の夢を叶えたかっただけなのに、給食のおばちゃんからローチョコレート職人へ昇華した妹の話<3章>

「私の強み?って、なに?」

新年を迎え、雪が解けるころに給食の会社を退職することを決めた妹。

休みを利用しながら私が教える色々なことに取り組み始めた。


最初の頃は「こんな細かいことも…やるの⁉」と驚いていた妹も、取り組んで2ヶ月経つ頃には教えられた細かい作業に慣れていった。(私が指導に入ると大抵の人は「こんなことまで考えたことなかった!」と驚き、相当な脳トレになるようです)

妹のいいところがあるとしたら良くも悪くも「疑わない」ということだろう。


自分で仕事をしていこう!と思わない限り、自分を客観的に見つめて取り組む作業なんて「学生の頃の就職活動」の時以来だという人も多い。もちろん、妹だってそうだった。


自分を見つめる作業とはいっても、学生時の就職活動とはまるで違う。


学生から社会人になる時の就職活動が「有資格や定型文のようなつまらない文章を履歴書に埋めていき、面接用に暗記してきたことを棒読みする活動」だとしたら、自分自身に就職するというのはまるで反対側から自分を見つける作業。

自分を平面に書き起こすのではなく、自分を360°から見える化する作業なので作業を進めていくうちにこんな疑問が生まれてくる。


「ねぇ、ねーちゃん。私の強み?って、なに?私にもあるの?」


自分を3Dにすると影も見えてくる


大人になって転職活動をしたことがある人ならわかるだろうが、履歴書は段々書きなれていき、学生当時の意気込みも夢も、文字に込めなくなるようになってくる。

自分の持っている資格や経験してきたことを惰性のように並べ「これくらいはできるので、とりあえずあなたの会社のお給料を下さい」というためのものが履歴書に綴られている。


自分の本当の価値、受ける会社の持つ社会的価値を考えながら求人票を見ている人はほとんどいなくなる。

求人票を持ってまず確かめるのは「給与」と「週休」。


光も影も生まれない平面の履歴書と、同じく光も影も生まれない平面の求人票。雇用される側も雇用する側も雇用契約を結んで初めてお互いの側面を見ることになるので幸運な人材マッチングは起こりにくい。


自分で仕事をし、自分の雇い主が自分になった場合、こういうことが起こらない代わりに、自分自身が「なりたい自分」とマッチングしていくことが必要になる。

過去・現在・未来の自分を3D化して、見える化していくことで少しずつ自分自身を融合していく。


こういった作業は「人生の〇十年分」と向き合うため、途中息切れしてしまう人も多い。

根気強く取り組んでいる人でも「私って、ほんとに誰かに喜んでもらえる人間なのか自信がなくなってきた…」と気持ちがめげてしまうことがある。


妹も例外ではなかった。


「私、何も能がない…高卒だし、そんな頭がいいってわけでもないし、ご飯作ってるだけの人だ…」


自分のことが立体的に見えてくると、光より先に「影」が見えてくる。

これは長く生きている中で、自他ともに「マイナスポイント」を見つける癖がついてしまっているからで、いたって普通の現象。

逆に言えば「私は大した人ではない」というところに自分を留めておく方が誰しもラクチンなのである。

正確には人生を危機にさらすような「影」というものは殆どないのだが、「大した自分ではない=影」として本来マイナス面ではないものまでマイナスに捉える癖があると言ったほうがいいかもしれない。


自分の頭の中の視点や価値観をひっくり返すためには最短でも3か月はかかる。これは今まで一緒にお仕事させて頂いた脳の専門家の人たちも同様のことを言っている。

自分を変える作業は「魔法」ではない。神様がしてくれる作業でもない。

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