~自分自身ではなく、相手をいかに集中させるか それが会話力~

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前編: 営業の魔法(フィクション)著者 中村信二

初レッスンの朝。

 暑い一日になりそうだった。

 いつもより二時間も早起きをした。僕の心臓はドキドキ高鳴っていた。

 突然のお願いをふたつ返事で引き受けてくれた、紙谷さんとの初レッスンの日だったからだ。

 早朝の空気は気持ち良かった。いつ以来だろう、こんなに心からワクワクしたのは。こんなに朝を迎えることにドキドキしたのは。

 中野サンプラザに近い喫茶店。六時ちょっと前に僕は待ち合わせ場所へ到着した。

 二十四時間営業の喫茶店。階段を上り扉を押した。クラシック音楽が低く流れている。店内を見渡すと、入り口がよく見える奥のテーブルに紙谷さんは座っていた。

「おはようございます。すみません、お待たせして・・・」

「おはようございます。気にすることはありません。待ち合わせ時間は六時。まだ五分も前ですよ。それより、こんなに早い時間を指定して申し訳ありません。ただ僕は、長年ミーティングは早朝を決めているものですから」

 微笑を浮かべながら、僕に座るようすすめる。紙谷さんの前にあるコーヒーカップは既にカラだった。

「さて、僕は七時にはココを出て自分のオフィスへ向かいます。一時間しか時間がありません。早速始めましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

「では、まずお互い自己紹介をしましょう。時間がもったいないので、三分ですべてを紹介しあいましょう」

「三分で自己紹介ですか?」

「そうです。三分です。三分という時間は一見非常に短く感じます。しかし、聞く側にすればかなりの忍耐を要求される時間・・・いや、言い替えましょう、なんとか我慢して聞ける限界点なのです」

「三分が、ですか?」

「小笠原さん・・・でしたよね」紙谷さんは一度僕の名前を確認して続けた。

「カップラーメンを思い出してください。お湯を入れてちょうど三分待つやつ。あの三分を待つ時間は大変長く感じますよね」

「はい。正直お腹が空いているときなど、非常に長く感じます」

「そうですよね。私も同じです。つまり、待つ方はなたせる方の三倍時間だということを知っておいて下さい」

「三倍時間・・・?」

「そうです。三倍の長さに感じるということです。つまり、話す方は、たった三分でも、聞く方は十分近く黙って行儀よくしていなければいけないように感じるのです」

 いわれてみると確かにそうだ。毎日繰り返される朝礼など、時間にして十分から十五分くらいなのに、一時間近く色々追求されているような気分になる。かたやマネジャーは、いいだけ喋っているのにも関わらず、まだ喋り足りないような顔をしている。

「そうか、時間というのは、同じ長さでも立場によって流れ方がまったく違うのですね」

「そのとおり。すごい理解力ですね」

 褒められたような気になり僕は照れてしまった。その様子を満足気な顔で眺めながら紙谷さんは続けた。

「だから私たちは、できるだけ簡潔にまとめたトークを身につける必要があるのです。さて、自己紹介はちょっとおいといて、実は今の会話の中で、私は小笠原さんを既に自分の流れに導いていたのです。気がつきましたか」

「えっ?」

「あなたは三分を長いものだと思うようになりましたよね」

「はい、もちろん。今、そう教わったので」

 キョトンとする僕に、紙谷さんは微笑みながら続けた。

「営業とは本当に楽しいものです」と笑う。なにをいっているのだろう・・・と、不思議に思いながらも、悪戯っ子のように笑っている紙谷さんの眼に、また一瞬引き込まれそうになった。

「小笠原さんは、毎日会社へ行きますよね。朝起きて、準備をして、電車に乗って。毎日毎日、同じことをくり返しながら会社へ」

「はい」

「一ヶ月も二ヶ月もそれを繰り返している。これからもどれだけ繰り返さなければいけないのでしょう」

 気が重くなった。そうなんだ・・・。僕はこれから先、いつまで繰り返さなければならないのだろうか・・・。

「そんな日常の中に、一日一回、三分だけ休憩があるとしたらどうでしょう。その三分はとても貴重ですよね」

「はい」

「だけど、三分なんて短すぎませんか。アッという間に終わってしまう。とてもじゃないが休憩のうちに入らないよね」

「当たり前じゃないですか、そんなの休憩なんてよびませんよ」

「短すぎる三分・・・そうですね」

「はい。冗談じゃない。休憩というのは少なくとも最低十五分はあって欲しい。できることなら三十分はあるべきだと思います」

「そうなんです。三分なんて短すぎる。友達と会話もできやしない。どちらかの話を聞き終わる前に過ぎてしまう時間です。つまり三分とは、会話すらできない長さなんですよ」

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