「声が出ない」もう限界、自分の心に素直になろうと海外へ行くことを決めた

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会社の人には誰にも何にも話していませんでした。

打ち明けた時、みんな、そんな私でも会社に残って欲しいと引きとめてくれました。

 

とても光栄なことでしたが、今のままでは何も改善しないと思い、

私の意思を貫かせてもらいました。

 

その後、セブ島、カナダへ留学に行ったのですが、

そこでもやはり何度も声の壁にぶち当たりました。


先生もその一人。

先生
もっと大きな声で!聞こえないよ
できる限りは出すけど、これが限界なんです・・・

最初は自分の病気について話すことができませんでした。

この時も病気について話すこと自体、とても勇気がいることだったからです。

 

声の大きさはとても重要だと思っています。

大きい声が出せず声が震える私は、どこか自信がない人にどうしても映ってしまいます。


出したいのに出せない

けど、求められる

 

それがしんどくなり、ついには授業中に泣いてしまいました。

その時、もう打ちあけるしかないと思いました。

 

すると、周りの人たちはこんな反応をしてくれました。


同じような病気の人がすばらしい歌をうたっている動画を送るよ。見てごらん
私も昔はこういう経験があってね・・・
障害や病気がある知り合いがいるけど、彼らは強くていつも刺激を受けるてるよ。
ソフトでいい声だと思うよ。人それぞれなんだから。

 



打ち明けた後は、みんなそれぞれの方法で励ましてくれて、

無理して大きな声は出さなくていいと相手も理解してくれて、

自分の気持ちも楽になりました。


誰しも人それぞれ何かしらの問題を抱えています。
自分だけが特別ではなく、
気負わず周りに話していいものなんだなあと感じました。

 

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4.発声障害を持つ私が英語を使って仕事をする

 

次はこんな私がワーホリに行って、仕事ができるのだろうかと不安でした。

カナダで初めて仕事をした時、

私は始めに自分の病気のことを日本食レストランのオーナーに打ち明けました。

わかってくれて雇ってくれましたが、結局私はそこをクビになりました。

友達にもこういう経験をした子はいたので、必ずしも病気が原因ではありません。

 

そして海外に来たからにはやはり、

もっと英語を使ってお客さんと関わる仕事がしたいと思い、

日本食レストランのサーバーの仕事をすることになりました。

声に関して、「もう少し大きく」と言われることはありますが、

みんな耳を傾けてくれたり、大きな問題はなくできています。

 

もちろん不都合なことはあります。


今でもオーダーをキッチンの人に伝えるときや、

お店が騒がしく大きな声が必要な時は困ることもあります。

けれどこんな私でも目標としていた

英語を使って仕事をすることを実現できました。

病気があるからできないだろうと決めているのも、
理由をつくって挑戦しないのも自分です。


自分が思っているほど難しいことではないかもしれません。


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まとめ

 

カナダに来て感じたのは、私のような病気を抱えた人はいくらでもいるし、

みんな気にしていません。

 影で隠れているような人はいません。

例えば、耳が悪い人は「耳が聞こえにくいの」と言って、

聞こえない時は聞き返します。それだけです。

病気を理由に何かを諦める人も見かけません。

周りもそういう人を支援してくれる人の方が多いです。

 


先日ありがたい言葉をいってくれる人に出会いました。

ありのままの自分を受け入れることが大切だよ。
声が小さいのも自分、病気なのも自分、直そうと頑張るのも自分。
全部それでいいんだよ。
無駄なことなんて一つもないよ。


自分を認めてあげられた気がしました。

勝手に自分でこれはいけない、

こうした方がいいとルールを作っていることに気がつきました。

自分を縛らず、好きなように生きるのが一番いいです。


病気になったことも、全て無駄ではない


とやっと思えました。


おかげで自分の体について知るいいきっかけになったり、

セブ島やカナダでの1年という休養時間を作れました。

 

そして明らかに、日本にいた頃よりは声を出すのが今は楽です。

まだ完治していませんが、同じような病気の人や苦しんでいる人たちと一緒に

我慢せず前向きに頑張りたいなと思って書かせていただきました。



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