24歳で会社を設立した若き青年と、ドバイに住む「金持ち父ちゃん」の物語

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「あ~どうすれば商売ってできるようになるんだ~」


そんなことを思いながら、

建築の専門学校に学校に

通っていた当時19歳の僕。


建築士を目指して

京都の専門学校に

通っていたころだ。


当時、なんでこんなに

経営したいってずっと

思ってたのか。。。


僕がまだ小学生のころ、

よく父の造園の仕事に

一緒に行っていた。


造園屋さんといえば

庭師職人さんだ。


小学生だったから、

現場にいっても

全く役にたってはいなかったが、


とにかく父がお庭のお手入れを

している姿を見るのが好きだった。


父もまだ若く、朝の5時に起きて、

職人さんの服を着て、地下足袋を履いて

腰にベルトと剪定ばさみを入れて、

2tトラックで現場に向かっていた。


夏休みの時は、

暑くて汗だくにながらもついていった。

現場に行くと決まってこう言われた。


『庭師の仕事は、掃除が一番だ。』

『掃除ができないやつが一人前にはなれない』っと。


僕は、慣れないながらも

竹ぼうきを片手に

小さな落ち葉や剪定した後の枝を

拾い集めていた。


※そのおかげで、いまでも掃除しないと気が済まない体質になった。


自分なりには頑張っているものの、

相当遅かったのだろう。


父が最後にはすべてきれいに

掃除してくれていた。


現場で働く父の姿を見ていて、

カッコいいなって思っていた。


父の剪定ばさみをもった後ろ姿は、

大きくてたくましかった。


きれいに剪定と掃除がされた

お庭はとても綺麗だった。


それをみたお客さんの喜ぶ姿や、

父も頭を深く下げて


ありがとうございます。っと


言っていた姿が目に焼き付いている。


 僕はその光景をみて、とても嬉しかった。


小学生ながらも、

将来は父と一緒に庭師の仕事がしたいと

心から思っていた。


これが経営者になりたいと思った

きっかけである。


高校を卒業するとき、

建築を学んで家が建てれるようになったら


お庭づくりも一緒に

できるじゃないかって思って、


京都の建築の専門学校に

4年間通うことにした。


でも、建築の専門学校に

入学したもんだから、


経営や商売のことなんて

教えてくれる人は

だれ一人としていなかった。


だから本屋さんに、

自転車を必死でこいで


毎月の少ない手持ちのお金を使って、

ビジネス本や自己啓発本を

片っ端から読み進めていた。


たぶん、100冊以上は軽く読んでいたりした。


ある日は、大阪や東京に経営セミナーや

自己啓発セミナーなんてものにも

参加しつづけていた。


セミナーに参加している人は、

現役バリバリの経営者さんだらけ・・・


年商何億、年収何千万みたいな人が

ゴロゴロいる中で、


19歳の訳の分からない青年が

一人ぽつんといるような状態だった。


僕は優秀な経営者になるために

必死で学んででいた。


そんなことを繰り返す中で、

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