もう40年も前の、学生運動の話 第八回
行動隊は行く。どこまでも、どこまでも
全学集会で学友たちがぐだぐだしている間、先輩から巻き上げた5万円とともに学外に出た行動隊は何をしていたか?
と、ここからは帰ってきた行動隊の一人から聞いた話。
「まずさ。腹が減っては戦もできんわけよ」 ん ?
「特に5万円もあるわけさ」 おいおい ^^
「で、ひょっとしたら“くさい飯”を食わんといけんかもしれんやろ」 いやいや。
「長丁場にもなるしな」 だから、何よ ?
どうも、まず行動費でご飯を食べたようである。
大学から駅までの道には、学生相手のお店が並んでいる。
もちろん、今みたいにオシャレな店はなく、お好み焼き屋、純喫茶、王将。あとは雀荘と本屋とコピー屋ぐらい。
「みんなに悪いとは思うたんやが、腹が減ってしょうがなかったんや。許してくれ」
「ラーメンにチャーハン。餃子まで付けてしもうた」
と、どこまでも貧乏学生の“ぜいたく”とはこの程度のものである。
ちなみに同じメンバーが、闘争中に公務執行妨害でつかまった3回生保釈のために集めたカンパで本棚を買ってしまい、保釈されずに公判が継続されたことは内緒だが事実である。
(この3回生は、その後長い間「Y君奪還闘争」の主役となった)
彼らは「ビールまではやめとこな」と決議しつつ、麦茶を飲みながら行動計画を練り始めた。
手元にあるのは、理事長自宅の住所と定宿ホテルの名前。
自宅は西宮。隣の県である。ホテルは梅田。大阪なので、こちらが近い。
「近いホテルから攻めよか ?」
「いや。相手は理事長やろ。まず礼儀としてご自宅に伺わんと」と、
どんな理由ぢゃいという理由で、遠い西宮に向けて出発する。
しかし、そんな高級な住所の土地勘があるわけではない。
乗り換えが・・・と、まっとうなメンバーが駅で路線図を見ようとしていたら、
「5万あるんじゃ。タクシーじゃ ! どこまでも行くぞ !!」
と、勢いだけのメンバーが多数決。
食べちゃったんだから、もう5万はないぞ~ ! というツッコミは誰もしなかったらしい。
さらに「兄ちゃんら、住所んとこ着いたで」と運転手さんに起こされるまで、すっかり寝ていたとのこと。緊張感のないことおびただしい。
ま。お腹いっぱいやったしね。
当然、理事長が自宅などにいるわけもなく。2時間ほど近くの公園でたむろって、彼らは梅田に戻ってくる。
彼らはこれを「張り込み」と称していた。
この時に、今回の闘争を勝利に導いた「運」が起動していたのだ。
行動隊の快挙 !? いや。ほんとにまぐれ
「5万ある」ことを理由に帰りもタクシーを使うのだが・・・。
一番しっかりしていたメンバーが持っているはずの「紙」がない。
学科のトップが大切に持たせて送り出した「住所とホテル名を書いた紙」がない。
「あ。さっきのタクシーに住所教えるときに渡したまんまや」
ほんとにもう ! である。
実に「初めてのお使い」レベルの行動隊である。
後にわかったのだが、事務室の職員はわざと“違うホテル”を教えていたらしい。
どこまでも大学側に律儀な職員なのだ。(ま。社畜の忠誠心ではあるが)
しかし我らが行動隊は、その間違ったデータを紛失。
職員の苦肉の策も水の泡。
「プラザやったかなぁ、ロイヤルやったかなぁ・・・」
当時の大阪で高級ホテルといえば、この2つしかなかった時代である。
「なぁ。プラザって朝日放送の横にあるやつやろ? 南沙織とかおるんちゃう?」
この期に及んでもミーハーな理由で、行先をプラザホテルに決定。
これが当たりとなるんだから、神様・南沙織様なのである。
さらにホテルに着いてからも、まぐれの神は微笑み続ける。
普通、高級ホテルのロビーで貧乏を絵に描いたような学生がキョロキョロしていれば、あっと言う間に挙動不審でチェックされる。
この時も当然チェックされてはいたと思うのだが、この学生たちはあるスーツの男に話しかける。
場にはそぐわないが、何かの事情でその人と待ち合わせたのだろう。と見逃された。
このスーツの男。誰あろう「間違ったホテルをわざと教えた」事務室職員。
職員にとっては、たまったものではない。
間違ったホテルを教えておいて、学生がそっちに走る間に理事長にご注進。という目論見が、行動隊が西宮に行っていたことと、まさかの「南沙織」で正しいホテルに来てしまったことで崩壊したらしい。
ホテルで何時間も学生が来ないことを確認した職員は、理事長と食事に行く段取りをとってロビーで待っていた所だったとか。
まさに、飛んで火にいる夏の虫。
職員をみつけて近寄って来る理事長。
引きつる笑顔の職員。たぶん「来たらダメ」と手を振ったりしていたかもしれない。
けげんに思いながらも近寄る理事長。
柱の陰から貧乏学生。
はい、捕獲。任務達成の瞬間であった。
大阪・西宮、西宮・大阪のタクシー領収書は、一番しっかりしていた(紙をなくした)メンバーが取っていて、件の事務室職員に自費で清算させたとか。
しかし、闘争勝利の歓喜の中でそのお金はどこかに消失。
そう言えば、後で一緒に定食屋で酢豚定食を食べたような気もしますが、きっと気のせい。
えぇ。気のせいですとも。
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