中卒元ヤン 博士号を取る

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遂に昨日、博論を提出した。

これで恐らく、この3月に大学院を修了でき、学位を授与されることになる。

でも、私は長らく中卒だった。


人生に絶望していた14歳の秋、
初めて、私の目を真っ直ぐに見てくれる大人と出会った。
眩しい位、キラキラした女性だった。
この人の元で働く!即決した。
その人は、美容師さんだった。

私は生きることを選んだ。


99パーセントの人が高校へ進学する中、私は彼女(社長)の元で美容師への道を歩み始めた。
そして、ほどなくしてロンドンへの美容留学が目標になった。

19歳で渡英。
様々な人種。様々な宗教。様々な価値観。
バックグラウンドなど、何の価値もない。
今、ここにいる私が全て。
国籍も性別も年齢も、もちろん学歴も関係無い。

呼吸がしやすかった。

この国では、多くの人が大人になってから大学へ行っているということも知った。
心理学を学んでみたい。そんなことが頭の片隅に置かれた。

3年半後に帰国。
今ここにいる、目の前にいる私は見てもらえなかった。
息苦しかった。
心理学の様々な本を読み漁った。
もっと心理学を学びたい。

でも中卒の私は大学へは行けない。
大検(現在の高認)を取る必要があることを知った。

25歳。小学生以来の勉強。
でも勉強の仕方自体がわからなかった。
大検指導をしている学習塾を探し、
小中学生に混ざって勉強をした。
そして2ヶ月で大検取得。
その流れで大学を受験。
翌春から大学で心理学を専攻できることになった。

仕事をしながらの大学生活はなかなかハードではあったが、
素晴らしい仲間に恵まれ、
知的好奇心も満たされ、
充実した4年間を過ごした。

卒業後は起業し、ヘアメイクスタジオを開設した。

それから4年後、
起業後、独自に開発していたメイク法を心理学的に研究するため、
大学院を受験することにした。
そして修士過程2年。更に博士課程に進学した。

博士課程2年の秋に、念願の娘を出産した。
でも、妊娠中から授乳中は、
娘以外のことは脳が受け入れず、
研究や論文執筆をすることは、不可能に等しかった。
育児と学業、更に仕事の三足の草鞋を履きこなすことは容易くはなく、
そのため、博士課程を1年延長して今日に至る。


こんな風に人生をザッと振り返ってみると、
サラッと、スルッと、
スムーズに流れてきたように見える。
でも、そんなことは無い。当然無い。

美容の道へ進んで四半世紀、私の軸にあったのは、
14歳秋の出会いと、社長の存在だった。

迷った時、先が見えなくなった時、
私は彼女に近づいているのか?
今の私は14歳の私が見ても恥ずかしくないのか?
常に問い続けて生きてきた。

14歳は、完全であり不完全。
だから、真っ直ぐに目を見てくれる大人が必要。そんな風に思う。
1人だけでいい。
それだけで、1人の命がつながる。

私も誰かのそんな存在になりたい。
そして多くの大人が、誰かの1人になってくれたら。


大人も紆余曲折、それぞれ懸命に生きている。
そんなことを14歳のあなたに知ってもらえたら。

そんな願いを込めて、ここに半生を記した。















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