【第3話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

前編: 【第2話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて
後編: 【第4話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

その日の真夜中、あまりの寒さに目が覚めた。どうやら窓エアコンが効きすぎているらしい。

薄暗い部屋からみんなの様子を眺めると、下のゴリラは上半身裸で我関せずと爆睡中。まあ、これだけ胸毛が濃かったらお前さんにはシーツは必要ないわな。

向かいのベッド下段のICUはポンチョを着込んだ上に薄いシーツをお腹の周りにぐるぐる巻いてエビのように丸まって寝ている。彼女の足下方向、出口近くの二段ベッド下段のキャサリン妃はあまり着るものをあまり持っていないらしく、半透明の雨合羽を着込んでいる。しかし、それでも寒いらしく鼻をぐずぐず言わせている。

向かいの二段ベッド上段のバイク便を見ると彼も寒そうにしている。その様子を見て、これはエアコンを止めてもいいかなと思ってベッドを降りようとすると、その行動を視線でバイク便が制する。そうかと思ったら、バイク便が自分でさっとベッドを降りてエアコンを止めた。

しばらくのち、キャサリン妃の上段で寝ているくるくる巻き毛がドカンとベッドから降りてエアコンを強冷にした。するとバイク便がまたエアコンを止める。こんになことを数回繰り返した後で、僕もこの戦いに参戦することにしてくるくる巻き毛に話しかけた。

「えっと、みんな(ゴリラは人間ではないので例外)こんなに寒そうにしてるんだから、せめてエアコンをもう少し弱くしても良いじゃないの?」

くるくる巻き毛が夜中にも関わらず甲高い声でまくしたてる。

「僕は高いお金払ってエアコンルームに泊まってるんだ。そんなに寒いならエアコンなしの部屋に移ればいい。僕にはエアコンを使う権利がある。」

といっても、エアコンなしの部屋は満室なのだ。それに、くるくる巻き毛よ、君は寒くないのか?あまりのくるくる巻き毛の意味不明のキレっぷりに僕は完全に彼のペースに巻き込まれ、次に何を言ってよいのかわからくなっていた。しばしの沈黙の後にバイク便も参戦。

「この彼だって寒いって言ってるじゃないか。他の二人の女性(ゴリラは除外)の様子を見ろ、それでもまだ君はエアコンを使いたいのか?君の権利も尊重するからせめて弱冷にしてくれないだろうか?」

バイク便はなかなかの紳士だ。しかし、くるくる巻き毛はそんなの知るかとばかりにガン無視でエアコンのダイアルをがちゃがちゃ回してまた強冷にする。バイク便が再び弱冷にすると、くるくる巻き毛がまた強冷にする。それが何回も何回も続く。もちろん二人の女性もこの騒ぎに気づいてはいるけど、くるくる巻き毛のあまりに狂いっぷりに手も足も出せないでいる。

とうとうバイク便もキレて、弱冷にしたエアコンには触らせんぞとばかりにくるくる巻き毛の前に立ちはだかる。もう絶対エアコンには触らせない。その様子を見て僕もバイク便に加勢しようとしてベッドから降りる。さすがに二人を相手にしたのではかなわないと悟り、くるくる巻き毛は手は出してこないものの、僕ら二人の前で喚きまくる。

だからドミは嫌なんだ。。。明日は引っ越しだな。

吠え散らかす狂犬くるくる巻き毛を無視してこいつは一体何なんだとバイク便に聞くと、昨日の夜もこんな調子だったという。ゴリラは不在、女性二人はあきらめて厚着。バイク便はしばらく彼と戦ったけど、最後はあきらめたらしい。しかし、今日という今日は許さんとばかりに怒りを露わにしている。

さあ、どうなるかと思っていたら、途中で目を覚ましていたらしいゴリラがベッドからむくりと起き上がり、無言でバチーンとエアコンを止めて、調整ダイアルをぶちっと引っこ抜くと窓を開けて、そのダイアルをぽいっと捨てちゃった。

それからゴリラはまた無言でベッドに戻り、腕を組んで目を閉じた。このふるまいに怒り狂ったくるくる巻き毛はゴリラのベッドに殺到し、殴りかかろうする。ゴリラはその気配を察知して目を覚まし、がちっとくるくる巻き毛の手首をつかんでドスの効いた低い声でくるくる巻き毛をたしなめた。

「おい、このクソ野郎。俺は明日朝早いんだ。グダグダ言って起こすんじゃねえ。そんなに寒いところが好きならてめえの国に帰りやがれ。」

ひょろひょろのくるくる巻き毛はゴリラにはかなわない。それでも、何か言おうとしたところに、ゴリラがさらに畳みかける。

「さっさと寝ろよ。クソ野郎。俺の話は終わったぞ。」

マジかっこいい。ナイスガイ、ゴリラ。ICUもキャサリン妃もあっけに取られてその様子を見たいたけど、そのあと二人は目を見合わせてにっこり笑った。完全にゴリラの気合い勝ち。どうしようもないくるくる巻き毛は自分のベッドに戻ろうとする。その時、バイク便はこう彼に声をかけた。

「確かに出口から近い二段ベッドの上段で、冷気が届きにくい君のところは暑いのかもしれない。だから、こうしたらどうだろうか。君はエアコンから最も近いICUとベッドを交換する。そして、僕はキャサリン妃とベッドを交換する。そうすれば、君はエアコンから一番近いところで寝られるし、僕は出口に近くなるから、君が暑い思いをしていたことを理解できるかもしれない。女性二人は上段のベッドに寝ることになるので、寒い思いをすることはないだろう。どうだろうか。」

心の中でくるくる巻き毛に中指おっ立てていた僕は、バイク便の見事な大岡裁きに舌を巻いた。そりゃICUが恋に落ちるわけだ。くるくる巻き毛はこの提案を無言で受け入れた。

真夜中に民族大移動が始まった。

そして、窓側に置いてあるエアコン左側の二段ベッドの上下には変更なしで下はゴリラ、上は僕。右側の二段ベッドの下にはくるくる巻き毛、上はキャサリン妃。出口近く、右側の二段ベッドの下にはバイク便、その上はICU。左側はスチールロッカー。

ゴリラは自分の隣に移ってきたくるくる巻き毛に思い切りガンを飛ばした。ゴリラとバイク便が顔を見合わせている。ゴリラはバイク便に軽くウインクした。そしてみんな大人しく就寝。

なんとすばらしい連係プレー!これがドミの醍醐味か~。意味不明な感銘を受けた僕は感動の波に揉まれながら眠りについた。

翌朝。

エアコンが止まっているので、日の出とともに部屋の温度は少しずつ上がり始めていた。少し汗ばんできたが、エアコンのダイアルは昨晩ゴリラが窓から放り投げてしまった。うーん、これはこれで問題だなあ。でも、まあペンチでも借りて、つまみをひねってやれば大丈夫だろう。そう思っていたら、おもむろにゴリラが起き出して小さな声でみんなに話しかける。

「エイ、メイツ。エアコンをつけてもいいか?」

みんな無言でうなずくかオッケーサインを出す。でも、ゴリラよ、どうやってエアコンをつけるのだ。気になった僕はゴリラの様子を見ていると、上半身裸の彼はしましまのハーフパンツのポケットに手を突っ込んだ。そこからおもむろに調整ダイヤルを取り出すと、それをガチャっとはめてばちばちっとダイアルを回してエアコンをつけた。

その様子を口をぽかんと開けて眺めていた僕を見つけたゴリラはいたずらっぽく笑いながら下のベッドに潜り込んだ。そう、昨晩捨てたはずだった調整ダイアルは、実は、ゴリラのポケットに収まっていたのだ。

このナイスゴリラは僕の予想以上に知能が高いようだ。

つづく

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【第4話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

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